入団3年目の1981年9月9日、後楽園球場での大洋ホエールズ戦でシーズン20勝を達成した、江川卓(えがわ すぐる)さんですが、実は、江川さんにとって、プロでのシーズン20勝は気の遠くなるような道のりだったといいます。

現役時代の江川卓

「江川卓が巨人3年目に投手5冠も沢村賞を獲れなかった理由が酷い!」からの続き

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プロ入り前は通算200勝ぐらい軽く達成できると思っていた

実は、江川さんは、プロ入りするまでは、通算200勝ぐらいは軽く稼げるだろうと安易に考えていたそうですが、1軍デビューである1979年6月2日の阪神戦での(マウンドではなく)バッターボックスで、その自信は音を立てて崩れ落ちたといいます。

というのも、江川さんの初打席、阪神の山本和行投手が投じた第一球目は、ヒョロヒョロッとしたストレートだったそうで、見逃しのストライクを取られたものの、これで通用するのなら、300勝も固いだろうと、内心ほくそえんだそうですが・・・

1軍デビューの阪神戦の打席でチョロいと思っていた阪神・山本和行投手の投球に3打席とも三球三振に打ち取られていた

2球目も同じような球が来たことから、フルスイングすると、なんと、空振りしてしまったそうで、

(江川さんは、バッティングにもそれなりの自信があり、本気でホームランを狙っていたそうです)

江川さんは、

そんなバカなことがあるはずがない

と、自分の目を疑ったそうです。

そして、3球目も同じような球が来たことから、「よし、今度こそもらった」と思ったそうですが・・・

またしても空振りしてしまったそうで、結局、三球三振に終わってしまったのだそうです。

(その後の打席も全て(三打席とも)三球三振に倒れたそうです)

阪神・山本和行投手のヒョロい球がフォークボールと気づき過信が消えていた

実は、江川さんが空振りした球はフォークボールだったのですが、江川さんは、それまで、そんな球に出会ったことがなかったことから、「魔球」にしか思えなかったそうで、

自分がこれまで経験してきた野球とプロの野球がまるで違うことを痛感し、大変な世界に入ってしまったと、足がガクガクと震えてきたそうで、通算200勝どころか、通算100勝でさえ難しいかもしれない、年間2桁(10勝)すら勝てないかもしれないと思ったのだそうです。

(マウンドから自信を持って投げた球をホームランされるより、ずっと大きなショックを受けたそうです)

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20勝への道のりは遠く辛いものだったが、だからこそ、どうしても20勝したかった

こうして、江川さんの(1軍での)プロ生活がスタートしたのですが、実際、1年目の1979年は、「空白の一日」騒動のペナルティで1軍登板が6月だったこともあり、(防御率は2.80でリーグ3位も)9勝10敗と、2桁(10勝)勝利できず、

これより下げてはなるまいという気持ちで、2年目の1980年には16勝(最多勝)12敗、3年目の1981年には、20勝(最多勝)6敗と、ついに20勝を達成したのだそうです。

(20勝への道のりは、遠く辛いものだったそうですが、だからこそ、どうしても20勝したかったそうです)

「江川卓は巨人3年目の19勝から20勝まで極度の緊張状態に陥っていた!」に続く

現役時代の江川卓

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