1977年、14歳の時、カルビーポテトチップスのCMでデビューすると、その愛らしいルックスでたちまち注目を集め、以降、とらえどころのない不思議な魅力で人気を博した、藤谷美和子(ふじたに みわこ)さん。
今回は、そんな藤谷美和子さんの、若い頃から現在までのヒット曲や出演作品(映画、テレビドラマ)ほか経歴を時系列でご紹介します。

藤谷美和子のプロフィール
藤谷美和子さんは、1963年3月10日生まれ、
東京都北区の出身、
身長162センチ、
靴のサイズは23センチ、
血液型はA型、
学歴は、
堀越中学校
⇒堀越高校
⇒都立代々木高校定時制課程編入
⇒私立高校編入
⇒デザイン系の専門学校卒業
趣味は、映画鑑賞、
ちなみに、「藤谷美和子」は本名です。
藤谷美和子は14歳の時にカルビーポテトチップスのCMで注目を集めていた
藤谷美和子さんは、1976年頃から芸能活動を開始すると、
1977年、14歳の時には、カルビーポテトチップスのCMで、
100円でポテトチップスは買えますが、ポテトチップスで100円は買えません。あしからず
というセリフと共に、その愛らしいルックスでたちまち注目を集めます。

カルビーポテトチップスのCM出演時の藤谷美和子さん。
藤谷美和子は15歳~17歳の時に「ゆうひが丘の総理大臣」「青春ド真中!」「あさひが丘の大統領」「池中玄太80キロ」で人気を博していた
そして、同年(1977年)には、
- 「気まぐれ天使」

「気まぐれ天使」より。 - 「怪人二十面相」
- 「かあさんの嘘」
などの、テレビドラマに出演すると、
翌1978年、15歳の時には、「ゆうひが丘の総理大臣」で、生徒の一人、藤村春子役を演じ、

「ゆうひが丘の総理大臣」より。
以降、
- 1978年「青春ド真中!」
- 1979年「あさひが丘の大統領」
- 1980年「池中玄太80キロ」
と、立て続けに、学園ドラマや青春ドラマで生徒役を演じ、人気を博しました。
藤谷美和子は21歳の時に連続テレビ小説「心はいつもラムネ色」の大ヒットで全国区でブレイク
そんな藤谷美和子さんは、1984年、21歳の時には、連続テレビ小説「心はいつもラムネ色」で主人公の妻役を演じると、この作品は、平均視聴率40.2%、最高視聴率48.6%という驚異的な数字を記録。
藤谷美和子さんも、たちまち全国区でのブレイクを果たしたのでした。

「心はいつもラムネ色」より。新藤栄作さんと藤谷美和子さん。
藤谷美和子は21歳の時に映画「海燕ジョーの奇跡」「地平線」で「日本アカデミー賞主演女優賞」にノミネート
また、藤谷美和子さんは、1984年には、沖縄の暴力団抗争を描いた、佐木隆三さんの同名小説を原作とする映画「海燕ジョーの奇跡」でヒロインを務めるほか、
実家の倒産を救うため、20歳で渡米し、結婚した女性を中心にアメリカの大地に生き抜いた日本移民たちの姿を描いた、新藤兼人監督作品「地平線」で、主人公・藤木秀代の20代~30代を演じると、
1985年には、この2つの作品で「第8回 日本アカデミー賞主演女優賞」にノミネートされています。
藤谷美和子は22歳の時に森田芳光監督映画「それから」でヒロイン・三千代役
そして、1985年、22歳の時には、夏目漱石の小説を原作とする森田芳光監督作品「それから」で、主人公が思いを寄せる親友の妻で、ヒロインの三千代役に起用されているのですが、
実は、森田芳光監督は、小説「それから」を読んだ時から、ヒロインには藤谷美和子さんをイメージしていたそうで、そのため、藤谷美和子さんをいかに美しく撮るかに心を砕いたといいます。

「それから」より。藤谷美和子さんと松田優作さん。
藤谷美和子は29歳の時に「女殺油地獄」「寝盗られ宗介」で「日本アカデミー賞優秀助演女優賞」「ブルーリボン賞助演女優賞」など受賞
そんな藤谷美和子さんは、1992年、29歳の時には、近松門左衛門の人形浄瑠璃を五社英雄監督が映画化した「女殺油地獄」で、小倉屋小菊役、

「女殺油地獄」より。
映画「寝盗られ宗介」で、「北村宗介一座」の看板女優・レイ子役を演じると、

「寝盗られ宗介」より。原田芳雄さんと藤谷美和子さん。
この2作品での演技が高く評価され、「日本アカデミー賞優秀助演女優賞」「ブルーリボン賞助演女優賞」「報知映画賞助演女優賞」「キネマ旬報賞助演女優賞」など、数々の栄えある賞に輝いています。
藤谷美和子は31歳の時にデビュー曲「愛が生まれた日」がミリオンセラーとなる大ヒット
また、藤谷美和子さんは、1994年、31歳の時には、「そのうち結婚する君へ」で連続ドラマ初の主演を務めているのですが、

「そのうち結婚する君へ」より。藤谷美和子さん(左)と池田しょう子さん(右)。
このドラマの挿入歌で、同年2月21日にリリースした大内義昭さんとのデュエット曲「愛が生まれた日」で歌手デビューも果たすと、累計売上132.7枚のミリオンセラーとなる大ヒットを記録。
すると、この曲では、
- 第9回日本ゴールドディスク大賞で「グランプリ・ニュー・アーティスト賞」(最優秀新人賞)と「ベスト5・ニュー・アーティスト賞」
- 日本有線大賞で「新人賞」と「最優秀新人賞」
- 全日本有線放送大賞で「新人賞」と「最優秀新人賞」と「大賞(グランプリ)」
- 第36回日本レコード大賞で「優秀作品賞」
と、数々の賞を受賞し、この年の末には、「第45回 NHK紅白歌合戦」にも初出場を果たしています。

「愛が生まれた日」を歌唱する藤谷美和子さん。
藤谷美和子は31歳の時に「ママのベッドへいらっしゃい」の主題歌「スペアキー〜愛されてもしょうがない〜」が27.9万枚を売り上げる大ヒット
そんな藤谷美和子さんは、同年(1994年)、テレビドラマ「ママのベッドへいらっしゃい」でもヒロインを務めているのですが、
このドラマでも、「スペアキー 〜愛されてもしょうがない〜」(1994年11月14日リリース)が主題歌に起用されると、27.9万枚を売り上げる自身2番目のヒットとなっています。
藤谷美和子の現在は?
その後、藤谷美和子さんは、単発ドラマへのゲスト出演とバラエティ番組に活動の場をシフトしていたのですが、
2005年、42歳の時、演出家の岡村俊一さんと結婚すると、2000年代の中頃から芸能活動を休止しており、(公式に表明はありませんが)事実上、引退状態となっています。
また、そんな中、2012年4月には、「神奈川県小田原市内で徘徊生活を送っている」と奇行が報じられているのですが、その後も芸能界には復帰しておらず、現在も引退状態となっています。
ちなみに、2015年5月、「愛が生まれた日」でデュエットした大内義昭さんが死去した際には、
とても寂しい。私にとっても大切な思い出の歌です。心からご冥福をお祈りします。
と、コメントを寄せているのですが、
夫の岡村俊一さんを通したコメントでした。
1980年代~1990年代前半、数多くのテレビドラマや映画でヒロインや主演を務めるほか、1994年には、シングル「愛が生まれた日」がミリオンセラーとなった、藤谷美和子(ふじたに みわこ)さん。 そんな藤谷美和子さんは、演 …
藤谷美和子の出演作品(映画)
それでは、最後に、藤谷美和子さんの主な出演作品をご紹介しましょう。
映画では、
- 1980年「ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中」
- 1982年「誘拐報道」
- 1984年「海燕ジョーの奇跡」
- 1984年「地平線」
- 1985年「それから」
- 1986年「道」
- 1987年「この愛の物語」
- 1987年「竜馬を斬った男」
- 1988年「悲しい色やねん」
- 1988年「疵」
- 1989年「ラッフルズホテル」
- 1989年「226」
- 1992年「夢の涯てまでも」
- 1992年「女殺油地獄」
- 1992年「寝盗られ宗介」
- 1996年「スーパースキャンダル」
藤谷美和子の出演作品(テレビドラマ)
テレビドラマでは、
- 1976年「事件ファイル110 甘ったれるな」第11話
- 1977年「気まぐれ天使」

「気まぐれ天使」より。 - 1978年「青春ド真中!」
- 1979年「ゆうひが丘の総理大臣」
- 1980年「池中玄太80キロ」
- 1981年「海辺のマリア」
- 1982年「かぐわしき日々の歌」

「かぐわしき日々の歌」より。 - 1984年「心はいつもラムネ色」
- 1985年「のぶ子マイウェイ」
- 1986年「ライスカレー」

「ライスカレー」より。 - 1990年「世にも奇妙な物語」
- 1991年「先生のお気に入り」
- 1992年「怪談 KWAIDAN」
- 1993~1997年「代紋TAKE2」シリーズ
- 1994年「そのうち結婚する君へ」※主演
- 1997年「ギフト」第9話
- 1998年「課長島耕作」

「課長島耕作」より。 - 1999年「七曲署捜査一係」
- 2001年「少年タイヤ 熱海殺人事件」
- 2002年「やんパパ」
- 2004年「乱歩R」
ほか、数多くの作品に出演しています。
「藤谷美和子のプッツン(失踪・降板)は病気?近年は皇居侵入未遂に徘徊も?」に続く
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1980年代~1990年代前半、数多くのテレビドラマや映画でヒロインや主演を務めるほか、1994年には、シングル「愛が生まれた日」がミリオンセラーとなった、藤谷美和子(ふじたに みわこ)さん。 そんな藤谷美和子さんは、演 …






















