高校在学中にモデルとしてスカウトされ、1979年、21歳頃、ファッション雑誌「ミセス」の専属モデルとして本格的に活動を始めると、以降、国内外のデザイナーコレクションに多数出演し、現在も、60代のモデルとして活動中の、高橋美和子(たかはし みわこ)さん。
今回は、そんな高橋美和子さんの、生い立ち、若い頃から現在までの経歴、妹・麻倉未稀さんとの関係などをご紹介します。

高橋美和子のプロフィール
高橋美和子さんは、(1957年頃)10月4日生まれ、
大阪府大阪市の出身、
身長174センチ、
スリーサイズは、80-64-89、
靴のサイズは24.5センチ、
学歴は、
大阪市立工芸高等学校図案科卒業?
特技は、
ゴルフ、着付け、日本刺繍、ピアノ、テニス、
ちなみに、「高橋美和子」は本名で、旧姓名は「村上美和子」というそうですが、妹の麻倉未稀さんも、「高橋徳子」が本名で旧姓名は「村上徳子」とのことで、結婚前の旧姓という意味ではなく、両親の関係で名前が変わった可能性が高いと考えられます。
(ベンチプレスの高橋美和子さんとは同姓同名の別人です)
高橋美和子が幼い頃は母親の意向でピアノを習っていた
高橋美和子さんは、新聞記者だったお父さんのもと、2人姉妹(3歳年下の妹1人)の長女として誕生したそうです。
また、お母さんが、実家がバイオリンやピアノを嗜(たしな)む家庭だったそうで、自身が戦争の影響で習うことができなかったことから、「子どもたちには音楽をやらせたい」と、
高橋美和子さんは、幼い頃は、妹の麻倉未稀さんと一緒にピアノを習わされたそうです。
ちなみに、妹の麻倉未稀さんは、あまり練習が好きではなく、しばしば、ピアノの先生に怒られていたそうですが、高橋美和子さんは、きちんと練習する、真面目な子供だったそうです。
高橋美和子が幼い頃は山が好きな父親にキャンプや登山に連れて行かれていた
また、山が好きだったお父さんには、幼少期から、しばしば、妹の麻倉未稀さんと一緒にキャンプや登山に連れて行かれ、キャンプでは必ず飯盒炊爨(はんごうすいさん)をしたそうですが、
少し大きくなると、高橋美和子さんは、麻倉未稀さんと当番制で、食材を自分のリュックに入れて持っていったそうです。
(幼い頃は、自分のリュックにお菓子を入れていただけだったそうです)
ちなみに、妹の麻倉未稀さんは、ある日のこと、高橋美和子さんが、キャベツを持っていく当番だったにもかかわらず、うっかり忘れてしまい、
卵とキャベツの炒め物を作ろうとしていたお父さんに、
なんで忘れたんだ
キャベツを忘れたから今日は卵ご飯だ
と、怒られていたことをよく覚えていると明かしています。

高橋美和子さんの家族写真より。(左から)妹・麻倉未稀さん、高橋美和子さん、お父さん、お母さん。
高橋美和子は高校在学中にモデルとしてスカウトされ、20歳頃にはミス・ユニバース近畿地区代表に選出されていた
さておき、高橋美和子さんは、イラストを描くことが好きだったようで、大阪市立工芸高等学校図案科に進学しているのですが、
高校在学中、モデルとしてスカウトされると、1977年、20歳頃には、ミス・ユニバース近畿地区代表に選出されたことがあったといいます。
高橋美和子は21歳の時にファッション雑誌「ミセス」の専属モデルとして本格的に活動を始めていた
そして、1979年、21歳頃からは、ファッション雑誌「ミセス」の専属モデルとして本格的に活動を始めたそうで、

高橋美和子さんは、2021年、所属事務所「イアラモデルエージェンシー」のインスタグラムに、
ミセス創刊60周年 4月号が本日発売 私が3歳の時に創刊 18年後にミセスモデルとして育てて頂いた事に感謝の気持ちでいっぱいです
1979年3月号、新宿文化スタジオでの撮影初日の事は今も覚えています 大阪から通う村上美和子時代から沢山の思い出がいっぱい ミセスは4月号で休刊になります。是非沢山の方に見て頂きたいです
と、綴っています。
高橋美和子の出演作品(雑誌)
そんな高橋美和子さんは、雑誌、CM、通販、コレクションショー、テレビショッピングなど、様々なメディアに登場していますので、ご紹介しましょう。
ファッション雑誌では、
- 「HERS」
- 「婦人画報」
- 「美しいキモノ」
- 「家庭画報」
- 「クロワッサンプレミアム」
- 「ハルメク」
高橋美和子の出演作品(CM)
CMでは、
- 「再春館製薬所」『ドモホルンリンクル』
- 「眼鏡市場」
- 「アートネイチャー」
- 「JIMOSマキアレーベル」
- 「住友VISAカード」
- 「ミキモトブライダル」
- 「エリエール」
高橋美和子の出演作品(スチール)
スチール(ポスター、チラシ)では、
- 「フォンテーヌ」
- 「メガネスーパー」
- 「阪神百貨店」
- 「エイボン化粧品」
- 「小田急百貨店」
- 「髙島屋」
ほか、
- 「新日本製薬」『パーフェクトワン・ホワイトニングジェル』
- 「クラブツーリズム」
- 「バリュープランニング」
- 「スクロール」『ナイスミセス』
- 「伊勢丹」
- 「スクロール生協」
高橋美和子の出演作品(通販)
通販では、
- 「ワコール」『LOVE body』
- 「三越」『浪漫派』
- 「カタログハウス」『通販生活』
- 「ニッセン」
高橋美和子の出演作品(コレクションショー)
コレクションショーでは、
- 「森英恵」
- 「三宅一生」
- 「芦田淳」
- 「植田いつこ」
- 「ヨシエ イナバ」
- 「HERMES」
- 「CHANEL」
- 「イブ・サンローラン」
高橋美和子の出演作品(テレビ)
テレビでは、
- 「ショップチャンネル」『dipi』
など、数多くのメディアに登場しています。
高橋美和子の現在は?
また、高橋美和子さんは、現在も、60代のモデルとして、精力的に活動を続けているほか、ウォーキング講師として、一般人やプロのモデルにウォーキングやポージング、美しい所作などのレクチャーも行っています。

さらに、自身のSNSを通し、近況、ファッション、洋服の着こなし方なども積極的に発信しています。
高橋美和子は結婚してる?子供は?
高橋美和子さんは、自身のプライベートについてほとんど明かしていないことから、結婚しているか否か、子供がいるか否かも不明です。
高橋美和子の妹は麻倉未稀
高橋美和子さんの妹は、歌手の麻倉未稀さんです。
麻倉未稀さんは、幼い頃から歌を歌うことが好きで、中学2年生の時、歌謡学院で歌のレッスンを受けると、中学卒業後は、歌手を目指して上京したそうですが、なかなか歌手デビューの機会に恵まれなかったそうで、
そんな中、すでに東京でモデルとして活動していた高橋美和子さんが誘い、麻倉未稀さんもファッションモデルとして活動するようになると、
1981年、21歳の時には、ファッションブランド・オンワード樫山のCMソング「ミスティ・トワイライト」で歌手デビューを果たしています。

「ミスティ・トワイライト」
また、その後、1983年にリリースした、洋楽のカバー「ホワット ア フィーリング 〜フラッシュダンス」がヒットを記録して、一躍、脚光を浴びると、

「ホワット ア フィーリング 〜フラッシュダンス」
1984年には、再び、洋楽のカバー「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」が大ヒットとなり、”洋楽カバーの女王”として、たちまちブレイクを果たしています。

「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO」
高橋美和子と麻倉未稀の姉妹仲は?
ちなみに、高橋美和子さんと妹・麻倉未稀さんの姉妹仲ですが、
麻倉未稀さんは、2017年、東京大学医学部附属病院で乳ガンの診断を受けた際、将来的な治療を見越して、通院しやすい地元・神奈川県藤沢市の湘南記念病院に転院しているのですが、
その際、高橋美和子さんが、
私の後輩に乳ガンになった経験を本に書いた人がいて、ピンクリボンの活動にも参加していたので、相談したんです
と、後輩に相談し、湘南記念病院の女性医師を紹介してもらっていたそうで、
姉妹の仲は良好のようです。
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