1955年、劇団「俳優座演劇研究所付属俳優養成所」に入所し、俳優として活動を開始された、露口茂(つゆぐち しげる)さん。当初は、悪役などアクの強い役での出演でしたが、1972年にテレビドラマ「太陽にほえろ!」で「落としの山さん」こと、山村精一警部補役を演じられると、一躍、30~40代の主婦を中心に理想の男性として人気を博しました。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
露口さんは、1932年4月8日生まれ、
東京府東京市(現・東京都)のご出身、
(愛媛県松山市育ち)
身長175センチ、
血液型はB型、
学歴は、
愛媛県立松山東高等学校
⇒愛媛大学文理学部人文学科甲類
(文学課程英語・英文学専攻)中退
ちなみに、「露口茂」は本名で、愛称は、「露さん」「露口ちゃん」です。
若い頃は劇団「俳優小劇場」の旗揚げに参加
露口さんは、大学在学中から、「NHK松山放送劇団」の劇団員(主にラジオドラマ(オーディオドラマ))として活動され、
大学2年の時には、先輩に誘われて大学を中退し、1955年、23歳の時、劇団「俳優座演劇研究所付属俳優養成所」に第7期生として入所。
(ここでは、生活のために、同期だった田中邦衛さんと、ポスター貼りのアルバイトをされており、よその会社の壁にポスターを貼って、よく守衛に追いかけられたそうです)
その後、1958年に、「俳優座演劇研究所付属俳優養成所」を卒業すると、劇団「新人会」に入団されるのですが、
1960年には、劇団「新人会」から分裂し、小沢昭一さん、小山田宗徳さん、小林昭二さん、山口崇さん、山谷初男さんらと、「俳優小劇場」を結成。
1971年に劇団「俳優小劇場」が解散するまで、小劇場を中心に活動を続けられています。
アクの強い個性派俳優として
そして、劇団「俳優小劇場」解散後は、舞台のかたわら、テレビドラマや映画にも出演されているのですが、
1964年、映画「赤い殺意」(今村昌平監督)では、人妻を強姦し、やがて心臓病で死ぬ役、
「赤い殺意」より。
1966年、成人映画「四畳半物語 娼婦しの」では、主人公を売春宿に売り飛ばす男役(「第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞」受賞)、
1969年、テレビドラマ「水戸黄門」では、主人公の黄門様を狙う刺客など、
「水戸黄門」より。
死ぬ役、暗い役、犯人役、クズ役など、一般ウケしない役ばかりを演じられ、アクの強い個性派俳優として活動されています。
(ちなみに、1969年出演の映画「ジキルとハイド」は、難解な内容と暴力シーンの多さからスポンサーがつかず、いったん、お蔵入りとなったそうです)
「太陽にほえろ!」の山さんでブレイク
しかし、1972年7月、連続ドラマ「太陽にほえろ!」で、メインキャストのひとりである、「落としの山さん」こと、山村精一警部補役に抜擢されると、
「ボス」こと藤堂係長(石原裕次郎さん)を中心とした、警視庁七曲警察署(捜査第一課)捜査第一係の刑事たちの中でも異色な、常に冷静沈着で、鋭い洞察力と並外れた推理能力を持つ刑事役を好演し、ドラマの最高視聴率は40.0%となる大ヒットを記録。
エピソードごとに主演が変わる一話完結型の「太陽にほえろ!」において、
露口さんの主演or主演同等のエピソードは、最多の竜雷太さんに次ぎ2番目に多いほど、一転、国民的人気俳優となられたのでした。
30~40代の女性に絶大な人気
ところで、この、山村精一警部補役、実は、プロデューサーの岡田晋吉さんが、テレビドラマ「文五捕物絵図」(1967~1968年)での、
あえて正義のために、愛のために、強力な相手に立ち向かっていく、男の怒りを表現した芝居
をする、露口さんを見て感動し、
30~40代の女性視聴者を獲得するために、「太陽にほえろ!」の企画段階で、真っ先に露口さんと出演交渉をし、人物設定を決められたそうで、
実際、露口さんが、「太陽にほえろ!」で、数多くの夫婦愛の物語を演じられると、主婦層から、理想の男性と絶大な人気を博したのでした。
ちなみに、「文五捕物絵図」の放送当時、露口さんが婦人会のイベントに参加された際には、女性たちから黄色い声援が飛んでいたそうですが、
当の露口さんはというと、はじめは、主演の杉良太郎さんと間違えているのだろうと思っていたそうで、まさか、自分にこんなに女性ファンがいるとはと、驚かれたそうです。
「太陽にほえろ!」を降板
そんな露口さんは、その後も、楽しみながら、マイペースに、「太陽にほえろ!」に出演されていたそうですが、
1985年に、共演者の渡辺徹さん(ラガー刑事役)が降板される際には、
そろそろ自分も降板したい
と、渡辺さんにおっしゃっていたそうで、
翌年の1986年4月には、「太陽にほえろ!」スペシャル放送、「さらば山村刑事」の回において、殉職という形で降板。
「太陽にほえろ!」より。山さん殉職のシーン。
同月に出演された、ワイドショー「ルックルックこんにちは」のインタビューでは、山さんが好きで、山さんを降りる寂しさがあった反面、山さんが重荷であった事などを語っておられます。
https://www.youtube.com/watch?v=5Su4R3yvlDA