1983年、17歳の時、「容貌の不自由な人募集します」オーディションに見事合格し、「ふぞろいの林檎たち」でテレビドラマデビューされた、中島唱子(なかじま しょうこ)さん。以降、「太めの体型で容姿にコンプレックスを持つ役柄」を得意とされるも、1995年には、40キロのダイエットに成功し、フォト&エッセイ集「脂肪」を出版。ヌードを披露したことでも話題となりました。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
中島さんは、1966年5月7日生まれ、
東京都葛飾区のご出身、
身長167センチ、
血液型はB型、
学歴は、
千葉市立天戸中学校
⇒八王子高等学校卒業
趣味は、古伊万里収集、
ちなみに、中島唱子は本名です。
両親離婚で辛い幼少期
中島さんは、幼い頃から、お父さんの浮気が原因の両親のケンカが絶えず、7歳の時には、ついに両親が離婚し、お母さんが家を出ると、中島さんは、お母さんの唯一の親戚筋である女性のもとに預けられた後、父方のおばあちゃんと一緒に暮らすようになります。
ただ、まだ7歳だった中島さんにとっては、お母さんがいないことは寂し過ぎ、泣いたりヒステリーを起こして、いつもおばあちゃんを困らせていたそうですが、
それでも、おばあちゃんは、そんな中島さんに全身全霊の愛情を注いで育ててくれ、自身が高齢のため、中島さんが大人になるまで側に居てあげられないことを不憫に思い、
いつもニコニコしていなさい。誰からも愛されるような笑顔でいなさい。
と、生き方を教えてくれたのだそうです。
「ふぞろいの林檎たち」でデビュー
こうして、成長した中島さんは、いつ頃かは不明ですが、劇団に入団されると、1983年、17歳の高校生の時、「容貌の不自由な人募集します」というオーディションに参加し、見事合格。同年、「ふぞろいの林檎たち」でテレビドラマデビューを果たされているのですが、
「ふぞろいの林檎たち」より。(左から)石原真理子さん、柳沢慎吾さん、中井貴一さん、手塚理美さん、時任三郎さん、中島さん。
この凄いタイトル(今の時代なら炎上間違いなし)のオーディションは、異常に身長の高い女性、異常に太っている女性、肉体にコンプレックスのある女性を募集したもので、(ただ、容貌が不自由でない人もたくさん応募してきたそうです)
オーディション当日は、小部屋に6人ずつ呼ばれて、一人ずつ2分間自己アピールすることになると、中島さんは、自慢できることが何もなかったため、アルバイトしていたたこ焼き屋で働いている時と同じように、たこ焼きを焼いて売っているところを演じてみせると、このドラマの脚本家で審査委員の山田太一さんに気に入られて、合格となったのでした。
ちなみに、山田さんは、オーディション中、中島さんを優しい顔で見守っていてくれたそうで、中島さんは、オーディションに合格した喜びを、
普通の高校生から180度違う生活になりましたよね。プレッシャーはあったんですけど、何か誰かに選んでもらったと言うことがそれまでなかったので、そのことがうれしかったです。
何の才能もないような全く平凡な高校生だったので、誰かに見出してもらえたということがうれしくて、それに応えたいという気持ちがすごくありました。
と、語っておられます。
柳沢慎吾との関係は?
そんな中島さんは、「ふぞろいの林檎たち」では、柳沢慎吾さんと恋人同士の役で共演されているのですが、中島さんは、かねてより、柳沢慎吾さんの大ファンだったそうで、柳沢さんと恋人役になったことがものすごくうれしかったのだとか。
そして、実際に一緒に仕事をするようになると、柳沢さんは、芸能界のことを何も知らなかった中島さんに、とても細やかに親切にしてくれたほか、
裏方のスタッフ、出演者、エキストラに至るまで、すべての人に気配りされており、そのため、柳沢さんがいる現場はいつも和やかで優しい空気に包まれていたことから、次第に、柳沢さんのことを「柳沢先生」と呼ぶほど、柳沢さんが特別な存在となっていったそうで、
中島さんは、
最初の仕事で、素晴らしい先輩と出会えたことが、どんな良い仕事と出会うことよりもラッキーなことでした。
と、そんな柳沢さんが、芸能界で仕事をするうえで大きな目標となり、その目標があったからこそ仕事が続けてこられたともおっしゃっています。
ちなみに、その関係というのも、堅苦しい上下関係などはなく、例えば、柳沢さんが、
20代のときに唱子の魅力に気づいてあげなくてごめんね。次に生まれ変わったら一緒になってあげるから。
と言えば、中島さんも負けじと、
柳沢先生ね、ルックスと声は大好きだからそのままでいいけど、性格だけは直して。神経質なところを直してくれないと一緒になれない。
と返せるほど、気さくな関係だったそうです。
アラーキー写真集「脂肪」を出版
その後も中島さんは、テレビドラマに数多く出演されると、当初は「太めの体型で容姿にコンプレックスを持つ役柄」を得意としていたのですが、
1995年、20代最後の年にはダイエットを決意し、最大時で107キロもあった体重から、なんと、40キロのダイエットに成功。
同年11月には、ダイエットを通してそれまでの人生を振り返るほか、アラーキーこと荒木経惟さん撮影のヌードも披露したフォト&エッセイ集「脂肪」を出版されています。
「容貌の不自由な女性」であるからこそデビュー出来た中島さんですが、やはり、それでも、醜いと言われて傷ついていたそうで、貧しさから食べ物に執着した子ども時代や、美しい女優への嫉妬心に苛(さいな)まれた過去を清算するのが目的とおっしゃっていました。
「中島唱子の結婚は?ニューヨーク留学?渡る世間は鬼ばかり!」に続く