元舞台女優の女性と再婚後は、男の子が誕生し、その男の子も、現在、俳優として上々のスタートを切っている、佐藤浩市(さとう こういち)さんですが、実は、実のお母さんとは30年もの間、絶縁状態だったといいます。

「佐藤浩市の前妻は?後妻は広田レオナの従妹!息子は俳優の寛一郎!」からの続き

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母親と30年絶縁状態だった

佐藤さんは、2012年、「Newsポストセブン」により、認知症のお母さん・A子さんの看病を自宅で続けていると報じられています。

「Newsポストセブン」によると、A子さんは、若い頃、東京・神楽坂の売れっ子芸者だったそうで、1952年、人気俳優として活躍していた三國連太郎さん(当時29歳)と恋に落ちて同棲生活を開始し、1957年に結婚されると(三國さんは4度結婚されており、A子さんは3番目の妻)、その3年後の1960年、佐藤さんを出産されたそうですが、佐藤さんが小学6年生の時、三國さんが家庭を捨てる形で、離婚。

以降、A子さんは、生活のため、スナックの経営を始め、佐藤さんと二人で暮らし始めたそうですが、佐藤さんが中学生になった頃、店を手伝ってくれる男性と内縁関係となり、3人で暮らすようになると、

まだ思春期だった佐藤さんは、馴染みのない赤の他人の男と一緒に暮らすことに耐えられず、高校2年生の時に、家を飛び出したそうで、それっきり、A子さんと佐藤さんは、30年もの間、絶縁状態だったそうです。

認知症の母親を自宅に引き取る

しかし、2008年7月、A子さんが「脳梗塞」で倒れ、都内の病院に入院されると、同年12月には、内縁の夫も他界。その後、A子さんは、「脳梗塞」の後遺症からか、「認知症」を患うと、その症状は急速に悪化したそうで、

佐藤さんが、いつ頃、A子さんと再会したのかは不明ですが、そんなA子さんの状態を知った佐藤さんは、奥さんと相談のうえ、A子さんを自宅に引き取って面倒を見ることにされたのだそうです。

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妻が佐藤浩市の母親を介護

そして、2008年末、佐藤さんは、A子さんを退院させ、自宅に引き取られているのですが、

親の介護が原因で、家庭内に不和が生じるケースが多い中、

佐藤さんは、幼いころから“ずっと家でひとり”という環境で育ってきた。だからでしょうか、“どんな状態だろうと、家の中に家族は多い方がいい。家族は一緒に暮らした方が絶対にいいんだ”って。

奥さんもお子さんも、認知症となったお母さんが同居することに文句は一切言わなかったそうです

と、2011年5月には、A子さんのためにエレベーターを設置するほか、車椅子で移動できるようスロープも完備するなど、バリアフリーの設計で、都内に地下1階、地上3階建ての豪邸を建てられたのだそうです。

そして、何よりも、

もうお母さんは自分で歩くこともできず、佐藤さんの顔さえわからない状態だったんです。そんなお母さんを、食事はもちろん、入浴から排泄まで全部、佐藤さんの奥さんが付きっきりで介護していました。心底できた奥さんだと思いますよ。

と、実質的には、奥さんがお母さんの介護を担われているとのことで、佐藤さんの考えも、あくまで、奥さんの協力があってこそ。佐藤さんは、素晴らしい奥さんに感謝ですね。

「佐藤浩市と父・三國連太郎の初共演は終始ピリピリムードだった!」に続く

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