1971年、映画「ダーティハリー」で一世を風靡し、映画スターの座を不動のものにすると、監督・主演を務めた「許されざる者」(1992)と「ミリオンダラー・ベイビー」(2004)では2度もアカデミー賞を受賞するなど、監督としても、確固たる地位を確立した、クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)さんですが、今回はそんなイーストウッドさんのプライベートをご紹介します。
「クリント・イーストウッドのデビューからの出演監督映画ドラマを画像で!」からの続き
最初の妻には23億円の慰謝料
イーストウッドさんは、1953年5月、23歳の時(俳優活動を始める前)、ブラインドデート(友人などの紹介で知らない相手と1対1でデートをすること)で、秘書をしていた22歳のマーガレット・ネヴィル・ジョンソンさんと知り合うと、マーガレットさんを追って南カリフォルニアへと移り住み、同年12月19日に結婚されています。
(新婚旅行は、モントレー半島南側にあるカーメル・バイ・ザ・シーへ行かれたそうです♪)
1960年代のイーストウッドさんと最初の妻・マーガレットさん。
結婚後、イーストウッドさんは、俳優を目指し、ロサンゼルス・シティー・カレッジに通いながら、住宅用プールの土台を掘る仕事をしていたのですが、マーガレットさんも、水着のモデルをしながら生活を支えていたそうで、
1964年、イーストウッドさんが「荒野の用心棒」の撮影でローマに滞在した際には、マーガレットさんも同伴していたそうです。
しかし、1979年に(「アルカトラズからの脱出」を製作中の頃)別居となると、1985年、55歳の時には、正式に離婚。
ちなみに、お二人の間には二人の子供(一男一女)が誕生しているのですが、イーストウッドさんはマーガレットさんに、2300万ドル(約23億円)の慰謝料を支払ったと言われています。
2人目の妻は元ニュースキャスターのディナ・ルイス
その後、イーストウッドさんは、1996年3月、66歳の時、35歳年下のニュースキャスター、ディナ・ルイスさんと再婚。
(ディナさんは、マーガレットさんとの間に誕生した娘と同い年ということで、大きな話題となりました。)
2人目の妻・ディナさんとイーストウッドさん。
お二人は、1993年、ディナさんが、キャスターとしてイーストウッドさんにインタビューしたことがきっかけで知り合い、交際、結婚となったそうで、
結婚した年(1996年)には、女の子が誕生し、その後は、カリフォルニア州の街、カーメル・バイ・ザ・シーで暮らされていました。
2人目の妻・ディナがウツ病で入院
そんな中、2013年4月、ディナさんがウツ病のため、アリゾナ州にあるリハビリ施設に入院したことが報じられます。
記事によると、ディナさんは、前年の2012年、イーストウッド家に密着したリアリティ番組「ミセス・イーストウッド・アンド・カンパニー(Mrs. Eastwood & Company)」に出演し、南アフリカ出身の6人組の男性グループ「Overtone」のマネジメントを手がけている様子が紹介されると、
私にとって家族よりも大事なものなんてありません。視聴者の方々は私たちの暮らしぶりや、型破りな物事の進め方に驚くかもしれませんが、きっと『Overtone』のことも大好きになってくれるでしょう
と、語るなど、公私ともに充実したご様子だったのですが、その陰ではウツ病を抱えていたようで、自らリハビリ施設に入院されたとのことでした。
2人目の妻・ディナとの別居が報じられる
しかし、2011年11月以降、夫婦そろって公の場に姿を見せておらず、2013年3月には、イーストウッドさんと最初の妻・マーガレットさんとの間に誕生した娘の結婚式で、激しく口論していたことが目撃されているほか、同年4月にトライベッカ映画祭に出席したイーストウッドさんの左手の薬指からは、結婚指輪が外されており、
2013年8月には、結婚生活が1年以上前(前述の「Mrs. Eastwood and Company」が始まった頃)に破綻し、2012年6月から別居していたことが報じられたのでした。
「クリント・イーストウッドの2人目の妻との離婚原因が凄すぎる!」に続く