「今日までそして明日から」「旅の宿」「結婚しようよ」「落陽」「襟裳岬」など数々のヒット曲を誕生させるほか、日本初のアーティスト主導の会社を設立したり、野外でのオールナイトコンサートを実現してきた、吉田拓郎(よしだ たくろう)さんですが、プライベートはどのようなものだったのでしょう。今回は、そんな吉田さんのプライベートをご紹介します。
「吉田拓郎はフォーライフレコードの社長に就任していた!」からの続き
最初の妻・四角佳子との馴れ初め
吉田さんは、1972年6月、26歳の時、歌手で「六文銭’09」のメンバー・四角佳子(よすみ けいこ)さん(当時20歳)と結婚しています。
吉田さんは、1971年5月30日に、愛知県岡崎で開催されたフォークグループ「六文銭」とのジョイントコンサートで、四角さんと知り合ったそうですが、
挨拶に来た四角さんに対し、
初めて会った時から、ほう、いい女だなあって思ったよ。だいたい俺は惚れっぽい性質だしね。でもちょっと小生意気な感じもしてね。
こういう感じの女は一発やんなきゃわからないって思ったんだよ。よし、いっちょチャンスを作ってやろうと狙いはつけたわけよ
と、まるで蛇がカエルを狙うように獲物の到来に目を輝かせたそうです(笑)
一方、四角さんはというと、
ひと言でいえば、すご~くイヤ~な感じの男だってところかな。紹介されてもね。素足に運動靴をはいて、楽屋のテーブルの上に座ったまま足をブラブラさせながら、”アッ”とか”ヘッ”とか言うだけなの。
普通の人なら”よろしく“ぐらい、ちゃんと立って言いそうなものでしょう。それも相手はウラ若き乙女だったんだから・・・
と、吉田さんの第一印象は最悪だったそうです。
(吉田さんとしては、照れていただけだったようですが)
四角佳子の復帰初仕事で出会っていた
ちなみに、四角さんは、16歳の時、金井克子さん、由美かおるさん、奈美悦子さん、岸ユキさん、原田糸子さんらの所属する「西野バレエ団」に入ると、まもなく、金井さんらに続く期待の新星として、「志麻ゆき」名義で日本テレビの人気番組「レ・ガールズ」に出演して芸能界デビューを果たし、
17歳の時には、1stシングル「風に乗って」でレコードデビュー、18歳の時には2ndシングル「夜明け前」がリリースされるなど、アイドルとして順風満帆のスタートを切るのですが、
気が強かったことから、ことあるごとにスタッフとぶつかっていたようで、2ndシングルがリリースされた後すぐ、実家の大阪に帰郷(引退)。
ただ、悶々と大阪で過ごしていた18歳の時、「六文銭」のリーダーである小室等さんに声をかけられ、「六文銭」に加入。その初仕事が、吉田さんと初めて出会った、ジョイントコンサートだったそうです。
「六文銭」(左から)原茂さん、及川恒平さん、四角佳子さん、橋本良一さん、小室等さん。
四角佳子とは仕事で会う機会が多かった
さておき、その頃、吉田さんは、「六文銭」と一緒に仕事をすることが多かったことから、(チャンスをわざわざ作らなくても)自然と四角さんと会う頻度は多かったそうで、
最初は挨拶をし、次に言葉を交わし、やがて話をするようになっていったそうですが、吉田さんは、それだけでは物足りず、仕事とは関係なく、四角さんに会いに、わざわざ、「六文銭」の練習場にも遊びに行ったりしたそうです。
そんな中、吉田さんは、四角さんの背中を見ていると、突然、ムラムラし、
その時だね、俺が、よーしこの女をいつか絶対にものにしてみせるぞって決意したのは・・・
と、本気になったそうで、
四角さんもまた、そんな吉田さんの熱い視線や思わせぶりな言葉に気付かないはずはなく、会って話をしてくうちに、吉田さんの人柄を知り、少しずつ、吉田さんに惹かれ始めのだそうです。
「吉田拓郎の「結婚しようよ」は最初の妻・四角佳子のための曲だった!」に続く
吉田さんと四角佳子さん。