歌番組「夜のヒットスタジオ」では、台本を片手に持ちながら、自然体の話術で司会進行をするという独特の司会スタイルなどで、番組の人気に貢献した、芳村真理(よしむら まり)さんですが、出演歌手をも凌ぐ、芳村さんの超ゴージャスなファッションも大きな話題となっていました。
「芳村真理は「夜ヒット」後マハラジャに若手歌手を連れて行ったことも!」からの続き
シャネル、ヴェルサーチ、ヴァレンチノほかハイブランドの衣装を着用していた
歌番組「夜のヒットスタジオ」では、毎回、趣向を凝らした、芳村さんの衣装や髪形などのファッションも見どころの一つとなっていたのですが、芳村さんが着用していたのは、シャネル、ヴェルサーチ、ヴァレンチノなどのハイブランドのものばかりだったそうで、
芳村さんは、世の女性たちに、オシャレをする楽しさやファッションの魅力を伝えたいと、ずっと思っていたことから、毎回ゴージャスな衣装で出演していたのだそうです。
(当時、ハイブランドはまだ身近な存在ではなかったのですが、芳村さんが番組で着用した翌日には売り切れになることも多々あったそうです。)
ファッションはセルフプロデュースだった
実は、芳村さんは、オフには、国内外からファッション雑誌や季刊誌を大量に仕入れるほか、海外のファッションショーへ出かけては、衣装をどういうふうに着るべきか、自身の知りうる限りの着物の着付けの技術を総動員して考え、それでも分からない時は、スタイリストやデザイナーと何度も協議を重ね、独自の着こなしをしていたそうですが、
やはり、一部では、芳村さんの奇抜なファッションについて、
歌手よりも派手にする司会者というのは如何なものか
着物をあんなふうにめちゃくちゃに着るとは伝統を軽視している
などの批判もあったそうで、それでも芳村さんは、オリジナルを追求し続けたそうです。
(ちなみに、ゲストよりも派手な格好で登場する芳村さんを、男性司会者の井上順さんが茶化すというのが番組のお約束だったそうです)
ジバンシィ本人の前でドレスを後ろ前に着たことがあった
そんな中、ある時、ドレスを貸してくれたジバンシィさん本人がやって来たことがあったそうですが、なんと、その時、芳村さんは、ドレスを後ろ前に着てしまっていたそうで、平身低頭でジバンシィさんに謝罪。
すると、ジバンシィさんは、
マダム、僕のドレスの新しい魅力を教えてくださって、ありがとう
と、言って、まったく怒らなかったそうで、
芳村さんは、なんて器の大きい人なんだろうと、心から感動したのだそうです。
中森明菜のファッションセンスを絶賛
ところで、芳村さんは、中森明菜さんの衣装のコーディネートを特別に担当したこともあったといいます。
実は、中森明菜さんは、ヘアスタイルから服装にいたるまで、すべてを中森さん自身がプロデュース&コーディネートしていたそうで、そのことを知った芳村さんは、そのセンスの良さを番組内で絶賛したこともあったそうですが、
そんなこともあり、中森さんは、「夜のヒットスタジオ」に出演する時には、他の歌番組とは異なる特注の衣装で出演するほか、歌う際のセットや照明と調和するように、事前に綿密な打ち合わせをしていたそうで、
芳村さんが「夜のヒットスタジオ」を降板する最終日には、涙してくれたそうで、二人がファッションを通して、強い絆で結ばれていたことが伺えます。
「夜のヒットスタジオ」での自身のファッションについて
ちなみに、芳村さんは、「夜のヒットスタジオ」での自身のファッションについて、
大胆な衣装が話題になることもあったみたいだけど、もともとモデルをしていたからどんな服を持ってこられても、なんとも思わない。
モデルの仕事は、今日はこれだよって言われた服をいかに魅力的に着こなすか。夜ヒットでも毎回、限られた時間の中での真剣勝負だったわね。
70年代後半から80年代は、いろんなブランドが世界中から入ってきて、日本の女性がいろんな服を着るようになった時期だった。ファッション業界がすごく元気で、新しいものを次々と取り入れようっていう雰囲気があったの。
と、語っています。
「芳村真理は井上順と「夜ヒット」の黄金時代を築いていた!」に続く