1988年、18歳の時にアイドルデュオ「Wink」でデビューすると、3rdシングル「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」、5thシングル「淋しい熱帯魚」などが大ヒットし、「Wink」活動停止後も、タレント、女優、歌手として活躍、2008年、38歳の時には結婚、2012年、41歳の時には出産と、公私ともに順調な、相田翔子(あいだ しょうこ)さんですが、20代には「突発性難聴」、30代には「メニエール病」を発症していたといいます。

「相田翔子は41歳で出産!子供は早産(未熟児)だった!」からの続き

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20代の時には「突発性難聴」と診断されていた

相田さんは、以前、突然音が聞こえなくなったり、聞こえづらくなる耳の病気である「突発性難聴」と診断されていたといいます。

最初に症状が出たのは、1995年、25歳の時で、歌番組に出演するため、リハーサルを終えて控え室に戻ると、突然、右耳から船の汽笛のような異音が聴こえ、平衡感覚がなくなり、立っていられないほどの耳鳴りに襲われたそうです。

ただ、その時は、仕事に穴は開けられないと、なんとか本番を乗り切ったそうで、その後、症状が和らいだため、病院へは行かなかったそうですが、それから2週間後、病院に行くと、「突発性難聴」と診断されたのだそうです。

病院に行くのが遅く回復は困難と言われていた

ちなみに、この「突発性難聴」、ストレスや睡眠不足からくるもので、耳の奥の器官に障害が起こって発症すると言われており、主に片方の耳にだけ起こるため、なかなか気が付かないことが多いそうです。

とはいえ、早期治療により回復が望める病気だそうですが、相田さんの場合、病院を訪れたのが、発症からすでに2週間経っていたことから回復が難しく、入院して治療を受けるも、医師からは、「来院が遅かったため、聴力の回復は難しい」と言われたそうで、

(発症後48時間以内の受診が望ましいそうで、治療を受けないまま時間が経つと聴力が低下したまま治らないこともあるそうです)

相田さんは、その時のことを、

平衡感覚がなくなったり、歌も聞こえづらかったり。静かな場所にいても、遠くで聞こえる音が頭の中で反響したりして、すごく辛かった

治るか治らないのか、入院中は夜も眠れずに不安でした

と、語っています。

「突発性難聴」が奇跡的に治癒

実は、当時、相田さんは、事務所から、突然、「Wink」の活動停止(事実上の解散)を言い渡されており、解散後はソロ活動をしていこうと決意した矢先の出来事だったそうですが、

入院生活の中、

自分は本当に歌が好きなんだ

と、歌への熱い想いに気がついたそうで、

そんな想いが治癒力に作用したのか、聴力は奇跡的に回復し、ソロ活動を始めることが出来たのだそうです。

30代の時には「メニエール病」と診断されていた

そんな相田さんですが、2008年、38歳の時には、今度は、強烈なめまいが起こる「メニエール病」と診断されたそうです。

それは、自身の結婚披露宴を終えた時のこと、親族を労うための食事会で乾杯を終え、トイレに立ったちょうどその時、不快な高音の激しい耳鳴りと強烈なめまい、さらには顔から脂汗が吹き出し、呼吸すらできない状態となったそうで、明らかに、前回の「突発性難聴」とは違い、死をも意識するほどだったそうです。

すると、そんな相田さんの様子に気がついた、姑の司葉子さんから、「私が知っているお医者様のところへ行きなさい。明日必ず行くのよ」と言われたそうで、翌日、病院の診察を受けたところ、「メニエール病」と診断されたのだそうです。

(「メニエール病」になると、めまいや汗が出て、立っていられない状態になるそうです)

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現在は耳鳴りは続いているものの聴力は回復

ちなみに、現在は、耳鳴りは続いているものの、聴力は回復したそうで、

相田さんは、

(ご主人・相澤宏光さんが医師ということで)心強い。専門のことはわからないので、常に励ましてくれました

また(音が)聞こえる喜びを感じて、何気ない部分ではありますが、とても充実しています

と、語っています。

「相田翔子と鈴木早智子の不仲説の真相は?」に続く

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