日本テレビのアナウンサー・村上節子さんとダブル不倫の関係となり、二人で会うための隠れ家まで借りていたという、田原総一朗(たはら そういちろう)さんですが、そんな中、妻の末子さんが乳ガンになったといいます。

「田原総一朗と村上節子はダブル不倫だった!」からの続き

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妻・末子に乳ガンが発覚

妻子のある身でありながら、日本テレビのアナウンサー・村上節子さんへの想いを抑えることができず、ダブル不倫の関係になっていたという田原さんですが、

そんな中、ちょうど、田原さんが、「東京12チャンネル」の報道局から制作局へ左遷された頃、妻・末子さん(当時44歳)の乳ガンが発覚したそうで、

末子さんは、国立ガン研究センターに入院し、ガンの摘出手術を受けると、幸い、ガンは早期だったそうで、執刀した医師から「5年は大丈夫」と言われたそうです。

妻・末子の乳ガンが手術後2年半で再発

ただ、たった2年半で、ガンが再発していることが検査で分かり、執刀した医師はあわてふためき、「これからは、どうぞ旅行をしたり好きな食べ物を食べたりしてください」と、早くもさじを投げたそうで、

田原さんが、同じ国立ガン研究センターの親しい医師に、「こんな無責任なことがあるか、何とかならないのか」と訴えると、その医師は、慶應義塾大学病院の外科部長を紹介してくれ、末子さんは、今度は、慶應義塾大学病院に入院し、その外科部長の執刀で、2度、手術を受けたそうですが、

この時、すでに、ガンは体のあちこちに転移していたそうで、「できるだけのことをします」と言う、外科部長のアドバイスに従い、放射線治療を受けたのだそうです。

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妻・末子が他界

また、当時は、まだ、抗ガン剤もなく、乳ガンの専門医もいない時代だったそうで、放射線治療のほかにも、様々な治療(丸山ワクチン、リンパ療法など)を末子さんに受けさせるほか、

有名な真言宗の僧侶・池口恵観に祈祷(きとう)してもらうため、末子さんを連れて鹿児島県の寺まで行くなど、良いと言われることは、治療以外でも何でもやってみたそうですが、

末子さんは、9年間の闘病生活の末、1983年9月、東京都板橋区の病院で、54歳という若さで他界したのだそうです。

(ちなみに、末子さんは、田原さんと村上節子さんの関係を知っていたそうですが、怒ったり、田原さんに対して冷たい態度をとったりすることは一切なかったうえ、2度の手術を受けて治らなかったにもかかわらず、泣き言一つ言わなかったそうです)

「田原総一朗は村上節子と不倫の末に再婚していた!」に続く

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