荒川博コーチによる、「氣」や「間合い」の概念を取り込んだ打撃指導で、見事花開いた王貞治(おう さだはる)さんですが、王さんによると、荒川コーチは、技術的なことだけではなく、ありえないことを口にしつつ、「これさえやっていれば間違いない」と思わせてくれるような、人をその気にさせる言葉の使い方が素晴らしい指導者だったといいます。
「王貞治は一本足打法がハマりホームランを量産していた!」からの続き
荒川博コーチは言葉の使い方が素晴らしかった
例えば、荒川博コーチは、王さんが、全然打てない時から、
王、それだよ。この調子ならホームラン王だ
三冠王になれるぞ
などと、真顔で言ってくれたそうで、
王さんは、最初は、「まさか」と思ったそうですが、何度も繰り返して聞いているうちに、気持ち良くなり、練習が苦にならなくなっていったそうです。
(荒川コーチに指導される前は、「打てない ⇒ 練習に身が入らない ⇒ 打てない」の悪循環に陥っていたそうです)
荒川博は練習を始める前と終わる時で言葉にメリハリをつけていた
また、荒川コーチのさらに凄いところは、練習を始める前と練習を終わる時のメリハリがあったことで、
例えば、王さんが飲んだ後に、荒川コーチの自宅を訪ね、一振りすると、
いきなり、
なんだ、昨日いい感じだったのにもう忘れたのか
と、けなされたそうですが、
この厳しい言葉で、王さんは、酔いが一気に醒めて稽古に集中でき、
稽古が終わると、荒川さんは、必ず、
よーし、それだ。キング間違いなし
と、褒め言葉で締めてくれたそうで、
王さんは、安心して眠りにつき、気分良く、新しい日を迎えることができたのだそうです。
王さん(左)と荒川博さん(右)。
荒川博の指導者としての素晴らしさを絶賛していた
ちなみに、王さんは、著書「もっと遠くへ 私の履歴書(日本経済新聞出版)」で、指導者としての荒川さんの素晴らしさについて、
昭和45年限りで荒川さんが退団するまで足かけ10年。よく飽きもせずこのワンパターンの練習を続けられたものだが、やっている時はただ夢中だった。
一本打てばもう一本打ちたい、また打てば、さあもう一本打とう、と欲が増すばかり。あの頃の私は荒川さんの手のひらの上で踊らされていたようなものだったが、こういう踊りならいつまでも踊っていていい。
もちろん、プロの世界では理論が大事だが、指導者はそれだけ持っていてもダメで、人をその気にさせる言葉の力が必要だとつくづく思う。
「オレについてくれば間違いないんだ」という確信を持ち、選手に一分の疑いもなく信じこませる力。近ごろはこの手の指導者がめっきり減ってしまったようだ。
女子マラソンで高橋尚子さんらを指導した小出義雄さんらはそうした指導者だろう。語弊はあるかもしれないが、スポーツの指導者にはそういう教祖様的な強さが必要だと思う。私自身「荒川教の信者でした」と、公言してはばからないのはそういうわけである。
と、綴っています。
(荒川博さんは、2016年、心不全のため、86歳で他界されています)
「王貞治が現役最終年に30本塁打するも引退した理由とは?」に続く