2006年、13歳の時、テレビドラマ「新宿の母物語」で子役としてデビューして以来、数多くのテレビドラマや映画に出演し、コメディーからシリアスまで幅広く演じこなせる実力派俳優として、注目を集めている、仲野太賀(なかの たいが)さん。
今回は、そんな仲野太賀さんの本名と芸名の由来のほか、簡単なプロフィール、生い立ちから俳優になるまでの歩みをご紹介します。
仲野太賀の年齢は?出身は?身長は?
仲野太賀さんは、1993年2月7日生まれ、
東京都杉並区阿佐ヶ谷の出身、
身長168センチ、
血液型はA型、
学歴は、
杉並区立馬橋小学校
⇒杉並区立杉森中学校
⇒日出高校(現在は目黒日本大学高校)卒業
だそうです。
本名は?芸名の由来は?
仲野太賀さんの本名は、「中野太賀(読み方同じ)」です。
また、旧芸名は、「太賀(たいが)」で、2006年、13歳の時、オーディションを受けて合格したテレビドラマ「新宿の母物語」で俳優デビューした際、事務所と両親が話し合って芸名を「太賀」と名付けてくれたそうですが、
2018年、主演作2本を含む映画5本に出演したことで、この年を転換期とし、2019年からの改名を決断したそうで、お父さんで俳優の中野英雄さんの次男であることと、「仲間との出会いが俳優人生の財産」と実感したことから、本名の「中野」を「仲野」の表記にしたのだそうです。
ちなみに、仲野太賀さんは、改名について、
去年(2018年)あたりから(自身の)名字を伏せている時点で何かをごまかしている気がして。これから俳優としてやっていく覚悟を決めて、名字を名乗ろうと思った
改名は俳優として生きていく決意の表れ。これが日本映画だという作品を作りたい
と、語っています。
仲野太賀の生い立ち
幼い頃からカメラが趣味
仲野太賀さんは、幼い頃からカメラが好きで、2017年には、雑誌「CUT」でカメラマンとしてもデビューしているのですが、
2020年、WEBマガジン「パリマグ」のインタビューで、「今も撮っていますか?」と質問されると、
はい、撮っていますね。フィルムの大きなカメラなので、余裕があるときじゃないと撮れないので、今回の映画を撮影している間は結構いっぱいいっぱいで、現場にカメラを持ち込んでシャッター切る事はできませんでしたね。
でもオフの日は、天気がよければ近所の公園に行って撮影しています。結構移り気なんですが、カメラは唯一長続きしている趣味ですね。
と、語っています。
小学生の時に映画「ウォーターボーイズ」を観て、主演の山田孝之に憧れていた
そんな仲野太賀さんは、俳優の中野英雄さんのもと、2人兄弟の次男として誕生すると、お母さんがお父さんのマネージャーをやっていて、家の中でテレビドラマや映画の話が飛び交っていたことや、ドラマウォッチャーだったお母さんと一緒に連続ドラマを見ることが大好きだったことから、小学生の時には、テレビドラマや映画にはまったそうで、
特に、映画「ウォーターボーイズ」(2001年)が大好きで、主演の山田孝之さんに憧れるようになったそうです。
小学生の時に俳優になりたいと意識するようになっていた
そこで、仲野太賀さんは、「ウォーターボーイズ」の影響を受け、ウォーターボーイズになりたいと思い、小学校の夏休みに、市民プールでシンクロの練習をしたそうですが(「スカーリング」というプールの上に浮かぶ練習をしていたそうです)、
一人では全く面白くなく、自分がやりたいのはウォーターボーイズではなく、俳優だと気がついたそうで、それからは、「俳優さんになりたい」と意識するようになったのだそうです。
仲野太賀はテレビドラマ「新宿の母物語」で子役デビュー
こうして、仲野太賀さんは、2006年、13歳の時、テレビドラマ「新宿の母物語」のオーディションを受けると、見事合格したそうで、この作品で子役としてデビュー。
そして、2007年、14歳の時には、「月刊De☆View」という雑誌で、野球映画「バッテリー」の出演者を募集しているのを見て、オーディションを受けて合格し、主人公・原田巧(林遣都さん)のチームメイト・東谷啓太役で出演しているのですが、
林遣都さんが、仲野太賀さんの憧れの俳優・山田孝之さんと同じ所属事務所だったことから、関係者に直談判し、「スターダストプロモーション」と契約したのだそうです。
「仲野太賀は若い頃「今日から俺は!!」でブレイクも映画俳優に憧れていた!」に続く
映画「バッテリー」より。林遣都さん(左)と仲野太賀さん(右)。