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財津和夫のデビューからのディスコグラフィを画像で!

1972年、「チューリップ」として、ファーストシングル「魔法の黄色い靴」でメジャーデビューすると、1973年には、3枚目のシングル「心の旅」が大ヒットし、以降、「青春の影」「サボテンの花」「虹とスニーカーの頃」など、次々とヒット曲を世に送り・・・

財津和夫が若い頃はチューリップで「青春の影」「サボテンの花」が大ヒット!

新生「チューリップ」として、1973年4月に発売した3枚目のシングル「心の旅」が大ヒットし、一躍、脚光を浴びた、財津和夫(ざいつ かずお)さんは、その後も、次々とヒットを飛ばし、トップスターの地位を不動のものにします。

財津和夫が若い頃はチューリップで「心の旅」が大ヒット!

1971年秋、新生「チューリップ」を結成し、翌年1972年、ファーストシングル「魔法の黄色い靴」とセカンドシングル「一人の部屋」をリリースするも、鳴かず飛ばずだった、財津和夫(ざいつ かずお)さんですが、3枚目のシングル「心の旅」が大ヒット・・・

千昌夫は「星影のワルツ」「北国の春」共に粘り強く歌い続け大ヒットさせていた!

1977年4月5日にリリースした24枚目のシングル「北国の春」は、通常のタキシード姿ではななく、自ら考案した”出稼ぎスタイル”で歌唱したことが功を奏し大ヒットした、千昌夫(せん まさお)さんですが、ほかにも、歌手活動・・・

千昌夫は昔「北国の春」が300万枚売上の大ヒットとなっていた!

1977年10月には、初めての自社ビルを完成させると、その後も、引き続き、不動産業に勤しみ、着実に資産を増やしていったという、千昌夫(せん まさお)さんですが、本業の歌手活動の方も順調で、1977年4月に発売した24枚目のシングル「北国の春・・・

森繁久彌は「知床旅情」が加藤登紀子のカバーでミリオンセラーとなっていた!

「社長シリーズ」「駅前シリーズ」で大ブレイクすると、以降、数多くの、テレビドラマ、映画、舞台に出演し、ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」は、900回もの上演を重ねた、森繁久彌(もりしげ ひさや)さんですが、歌手としても、NHK紅白歌合・・・

雪村いづみが若い頃は「三人娘(美空ひばりと江利チエミ)」で人気!

お父さんが35歳という若さで突然自殺したことで生活が困窮し、家計を支えるべく、中学卒業後の1952年に、ダンスホール「フロリダ」で歌を歌う仕事を始めた、雪村いづみ(ゆきむら いづみ)さんは、翌年の1953年4月、16歳の時には、テレサ・ブリ・・・

永六輔は坂本九が歌う「上を向いて歩こう」のヒットを予想していなかった!

1961年7月、自身が作詞した「上を向いて歩こう」を坂本九さんが歌うのを、「第3回中村八大リサイタル」で初めて聴くと、10代の若者がふざけて歌っているように聴こえ、激怒したという、永六輔(えい ろくすけ)さんですが、作曲をした中村八大さんは・・・

永六輔が作詞した「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」となった理由とは?

1959年、中村八大さんから依頼され作詞した、水原弘さんのデビュー曲「黒い花びら」がミリオンセラーとなった、永六輔(えい ろくすけ)さんは、1961年には、坂本九さんに作詞した「上を向いて歩こう」も大ヒットとなっているのですが、その後、「S・・・

永六輔が若い頃は水原弘に作詞した「黒い花びら」がミリオンセラーになっていた!

1957年、24歳の時、三木鶏郎さんに誘われて、ディズニー映画「ダンボ」に携わると、その後も、ディズニー映画「わんわん物語」に携わり、ヒットさせた、永六輔(えい ろくすけ)さんは、1959年には、新人歌手の水原弘さんのデビュー曲で、作曲家の・・・

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