角野卓造の若い頃は?病気?本で舞台引退を発表!出演ドラマ映画は?

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1970年に「文学座研究所」に入座し、1972年「飢餓海峡」で初舞台を踏まれると、翌年の1973年には舞台「熱海殺人事件」でいきなりメインキャストに抜擢された、角野卓造(かどの たくぞう)さん。以降、舞台、テレビドラマ、映画で、名脇役として存在感を発揮されていますが、2017年には、著書「万事正解」で舞台を引退することを発表されています。




年齢は?身長は?大学は?


角野さんは、1948年8月10日生まれ、
東京都のご出身です。

身長168センチ、

血液型はO型、

学歴は、
学習院大学経済学部経済学科、

趣味は、
プラモデル(特に飛行機)、

だそうです。


「文学座研究所」に入所


角野さんは、高校(学習院高等科)、大学(学習院大学)と、
演劇部に所属され、大学在学中には、
小劇場でのアングラ(アンダーグラウンド)演劇に目覚められたそうで、

大学卒業後の1970年、最も好きだった、
「早稲田小劇場」「文学座」の入団テストを受けられると、

「文学座」に合格したことから、
「文学座研究所」に研究員として入座されます。

そして、1972年に、
「飢餓海峡」で初舞台を踏まれると、

翌年の1973年には、舞台「熱海殺人事件」
(つかこうへいさん作、藤原新平さん演出)で、
いきなり、メインキャストの熊田留吉刑事役に抜擢。


「熱海殺人事件」より。角野さん(左)と金内喜久夫さん。

角野さんは、その当時を振り返り、

丁稚(でっち)の役みたいなのを10年くらいやって、
やっと一人前になると思っていました。恵まれていましたね。

学生演劇をやっていて、鈴木忠志さんの早稲田小劇場が一番好きで、
文学座と両方を受けました。小劇場かぶれで入ってきてますから、
生意気で逆らってばかりいるようなやつでした。

それを全部許容してくれる懐の大きさ、
自由さっていうのは文学座にありました。
今になってみれば、素晴らしいことだと思います。

と、語っておられます。

舞台「花咲くチェリー」で北村和夫と


そして、翌年の1974年には、
文学座の財産演目であった舞台「花咲くチェリー」で、

主人公ジム・チェリー(北村和夫さん)の、
息子役に抜擢されるのですが、

稽古が始まると、幾度となく、北村さんにダメ出しされ、
「熱海殺人事件」に出演したことで慢心していた角野さんは、
ノイローゼになりそうだったそうです。

ただ、本番では、北村さんに言われ続けてきたことが、
いかに正しいかが、お客さんの反応を見てわかったそうで、

角野さんは、その時の思いを、

北村さんは、相手役がちゃんとやってくれないと、
自分の仕事ができない。芝居に対する愛情が出てたんですね。

役者同士が研磨して芝居を作っていくというのをすごく思ったし、
のぼせあがっていた僕をそれだけ怒ってくれたのは、
僕にとっての財産です。
今、仕事を続けていられるのも、それが根底にあると思います。

と、明かされています。

以降、角野さんは、20代だけで、なんと年間180もの舞台に立ち、
特に、つかこうへいさん、別役実さん、清水邦夫さんらの作品に、
数多く出演され、役者として着実にステップアップしていかれたのでした。

杉村春子の勧めでテレビ業界へ


また、角野さんは、1974年には、
「文学座」の座長だった杉村春子さんの強い勧めで、
杉村さんに連れられて、「八州犯科帳」で、
テレビドラマデビューすると、

評判が良かったのか、以降、
プロデューサーから声がかかるようになり、
ひとりでテレビ出演するようになります。

ちなみに、当時はまだ、テレビ業界と演劇界は、
全くかけ離れた世界にあり、

演劇界では、

「テレビに出るというのは身を売っている」

テレビ業界では、

「演劇人は演劇だけやってろ!」

と、相容れない空気があったことから、

舞台が好きだった角野さんは、
テレビ出演には、あまり気が乗らなかったそうですが、

杉村さんに、

あんた、プロデューサーが可愛がってくれるんだから、
そうやって一生懸命やりなさい。

それをご覧になった方がうちの芝居を観に来てくださるんだから。
これは絶対悪いことじゃないのよ。

と、テレビ出演を強く勧められ、以降も、
積極的にテレビドラマに出るようになったのだそうです。

出演作品


それでは、ここで、
角野さんの出演作品の一部をご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1974年「八州犯科帳」第12話『六地蔵で待つ女』
1975年「松本清張シリーズ・中央流沙」
1977年「俺たちの祭」
1977~1983年「太陽にほえろ!」
1979年「大いなる朝」
1980~1997年「裸の大将放浪記」

1981年 NHK大河ドラマ「おんな太閤記」
1982年「新・事件 ドクター・ストップ」
1983年「長谷川町子の意地悪クッキー」
1984年 NHK連続テレビ小説「心はいつもラムネ色」
1985年「真田太平記」


「太陽にほえろ!」より。渡辺徹さんと角野さん。

1986年 NHK連続テレビ小説「はね駒」
1987年 NHK大河ドラマ「独眼竜政宗」
1988年「花王 愛の劇場『ああ嫁さん』」
1989年「青春大河ドラマ 野望の国」
1990年 NHK大河ドラマ「翔ぶが如く」

1990~2016年「渡る世間は鬼ばかり」
1991年「松本清張作家活動40年記念・霧の旗」
1992年「松本清張作家活動40年記念・迷走地図」
1993年「カミさんの悪口」
1994年「八神くんの家庭の事情」


「カミさんの悪口」より。田村正和さんと角野さん。

1995年「大地の子」
1996~2005年「警視庁鑑識班」
1997年「エステサロン白い肌殺人事件」
1998年「カミさんなんかこわくない」
2000年「百年の物語」

2001年「HERO」
2002年「明智小五郎対怪人二十面相」
2003年「元カレ」
2004年「警視庁鑑識班2004」
2005年「エンジン」
2006年「西遊記」第一巻


「警視庁鑑識班」より。(左から)西村和彦さん、
清水章吾さん、角野さん。


2008年「モンスターペアレント」
2010年「塀の中の中学校」
2011年「居酒屋もへじ」
2012年「ダブルフェイス 潜入捜査編」
2013年「確証~警視庁捜査3課」

2014年「おやじの背中」第1話
2015年「僕らプレイボーイズ 熟年探偵社」
2016年「ふつうが一番~作家・藤沢周平 父の一言~」
2017年「堂場瞬一サスペンス 検証捜査」
2018年「おかしな刑事」


「おかしな刑事」より。(左から)伊東四朗さん、
羽田美智子さん、角野さん。


映画では、

1979年「戦国自衛隊」
1983年「小説吉田学校」
1989年「舞姫」
1990年「バカヤロー!3 へんな奴ら」第三話『会社をナメるな』
1991年「仔鹿物語」

1994~1997年「釣りバカ日誌7-9」
1995年「マークスの山」
2006年「THE 有頂天ホテル」
2007年「HERO」
2015年「HERO劇場版第2作」


「HERO」より。角野さんと松重豊さん。

ほか、数多くの作品に出演されています。


病気で舞台を引退


また、角野さんは、数多くのテレビドラマ出演と並行して、
舞台にも出演し続けておられ、「文学座」では、
すっかり、重鎮となられていたのですが、

2017年12月に発売された、
エッセイ「万事正解」で、舞台の引退を明言されています。
(テレビドラマや映画には引き続き出演)

というのも、一瞬記憶が飛んでしまうという、
「脳梗塞」に似た症状を持つ、「虚血性脳貧血」
を患われていることが原因のようで、

過去には、舞台出演中に、
3回も記憶が飛んでしまったことがあったのだとか。

幸い、3回とも大事には至らず、周囲に迷惑をかけることもなく、
無事に舞台を終えることができたそうですが、

再び、舞台上で症状が出てしまう可能性があり、
4回目も無事に舞台を終えられるという保証はないことから、
引退する決意をされたそうで、

角野さんは著書の中で、

スポーツ選手の引退と違って、復帰も自由だ。

舞台の面白い話が来たら、
ものの弾みで手を挙げてしまうかもしれない。

が、自分の中では、これで「一区切り」だと思っている。
そう決めてしまった。

と、おっしゃっています。


万事正解

さて、いかがでしたでしょうか?

近年は、お笑いコンビ「ハリセンボン」の、
近藤春菜さんに似ていることで話題となり、
バラエティ番組にもひっぱりだことなられた角野さん。

舞台の引退は、多くのファンが、
残念に思われたことと思いますが、

テレビドラマやバラエティでは、
まだまだ活躍してほしいものですね。

応援しています!!



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