竹内力(たけうち りき)さんと言えば、「ミナミの帝王」をはじめ、いかついキャラを思い浮かべますが、実は、高校卒業後、銀行員として窓口業務をされていました。そんな竹内さんの、幼少期からデビューに至るまでの経緯について調べてみました。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

竹内さんは、1964年1月4日生まれ、
大分県佐伯市のご出身、

身長180センチ、

血液型はA型、

学歴は、
大分県立佐伯豊南高校商業科(現在は閉校)
(高校時代はサッカー部に所属)

特技は、
アクション、お札の勘定、

ちなみに、本名は「竹内力(たけうち ちから)」で、漢字は同じで読み方違い、

愛称は、「力さん」「力ちゃん」です。


高校時代の竹内さん。

幼い頃はモノマネ好き

竹内さんは、お父さんが家具職人で、長屋住まいという、決して裕福ではない家庭で生まれ育つのですが、幼い頃から、モノマネなどで、人を笑わせるのが得意で、冗談を言うのが好きな子どもだったそうです。


少年時代の竹内さん。

銀行員時代はリーゼント

そんな竹内さんは成長し、1982年に高校を卒業すると、高校の担任の先生が推薦してくれた、三和銀行淡路支店(現・三菱UFJ銀行淡路支店)に就職するために、地元大分から大阪に転居。

竹内さんは、16歳の時から、ずっとパンチパーマやリーゼントだったそうですが、担任の先生と仲が良かったことや、時代背景もあり、それでも銀行に入れたそうです。

(銀行員時代に習得した札勘定の技術が後に、主演作「ミナミの帝王」で大いに役立ったそうです)


銀行員時代の竹内さん。

そして、銀行員となってからも、革ジャンを着て通勤、そのうえ、リーゼントに、袖もめくって仕事をされ、お客さんに対しても、「いらっしゃいませ」ではなく、「へい、らっしゃいませ」と言っていたそうです(笑)

そんな竹内さんは、抜群のルックスとあいまって、銀行内でも目立つ存在でとてもモテたそうで、竹内さんの噂を聞きつけた他の支店の女子行員が、わざわざ竹内さんを見にやってくるほどだったとか。

また、竹内さんは、普通口座預金の窓口を担当されていたのですが、当時、3つあった普通口座預金の窓口は、いつも竹内さんの窓口だけ女性客の行列ができ、ほかの2つは空いているという状態だったそうで、ほかの2人は当然のことながら面白くなく、竹内さんは職場で浮いた存在だったそうです。

(現在、銀行は番号札を取るようになっていますが、当時は、窓口に直接並んでいました)

ちなみに、竹内さんは、同じ職場の2つ年上の女性と交際していたそうで、一緒に通勤されていたそうです♪

芸能界を目指して銀行退職

ただ、竹内さんは、1984年、正月休みが明けても出勤しなかったそうで、実家の両親と電話の際、両親から、「このまま無断欠勤が続けば解雇になる」と説得されて出社。

実は竹内さんは、

高卒では支店長にはなれないし、将来が不安。俳優学校に行って俳優を目指したい。

と、考えていたそうで、上司にもその旨を伝えたところ、

上司は、高卒でも支店長になることは本人の努力次第だと伝えつつも、確かに、竹内さんは銀行員よりも俳優が向いていると、竹内さんが夢に賭けることを応援してくれたのだそうです。(歌手を目指していたという説もあり)

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映画「キャバレー」「彼のオートバイ、彼女の島」で俳優デビュー

こうして、竹内さんは銀行を退職されると、ある日、偶然、空港で高校時代の先輩2人にばったり会われたそうで、

先輩たちは東京で音楽をやっていたため、

東京、面白いぞ

お前、会社辞めるんだったら1回ぐらい東京来るか?

と、誘われると、

思わず、竹内さんは、

行く行く!

と、快諾。

竹内さんは、上京されたのでした。

すると、ライブハウスでウエイターとして働いていたところ、スカウトされたそうで、1986年、「キャバレー」「彼のオートバイ、彼女の島」の2作品で同時に映画デビュー。(「彼のオートバイ、彼女の島」は主演)


「キャバレー」より。


「彼のオートバイ、彼女の島」より。竹内さんと原田貴和子さん。

以降、数多くのテレビドラマや映画で爽やかな青年役で出演するようになったのでした。

「竹内力のミナミの帝王前は101回目のプロポーズで好青年役!」に続く

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