高校卒業後の1957年、「東映」に入社すると、翌1958年には、「美しき姉妹の物語・悶える早春」の端役で映画デビューし、同年、映画「台風息子 修学旅行の巻」「台風息子 最高殊勲の巻」(2部作)では、早くも、主演・江原真二郎さんの相手役に抜擢された、佐久間良子(さくま よしこ)さんは、

その後、次々と男性スターの相手役(ヒロイン)を務めるほか、「東映」初の女性単独主演にも抜擢されました。

今回は、そんな佐久間良子さんの若い頃(女優デビュー)の経歴を代表作を交えて時系列でご紹介します。

佐久間良子

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佐久間良子は18歳の時、日本初の長編アニメ「白蛇伝」のヒロインを演じていた

佐久間良子さんは、高校卒業後の1957年、18歳の時、「東映」に入社し、半年間、「俳優養成所」で、演技、音楽、ダンスの研修を受けると、

同年には、日本初の長編アニメ映画「白蛇伝」のヒロインのモデルとして、制作に参加しています。

「白蛇伝」
映画「白蛇伝」。

佐久間良子は19歳から23歳頃まで次々とヒロイン(男性スターの相手役)に起用されていた

そして、1958年、19歳の時には、「美しき姉妹の物語・悶える早春」の端役で映画デビューすると、

同年、映画「台風息子 修学旅行の巻」「台風息子 最高殊勲の巻」(2部作)では、早くも、主演・江原真二郎さんの相手役に抜擢され、

以降、数多くのヒロイン(男性スターの相手役)を務めています。

佐久間良子
「台風息子」より。右端が佐久間良子さん。

佐久間良子は24歳の時、「人生劇場 飛車角」で初の汚れ役を演じイメチェンに成功していた

また、佐久間良子さんは、1963年、24歳の時には、「人生劇場・飛車角」(沢島忠監督)で、飛車角を演じる鶴田浩二さんの情婦・おとよ役を演じると、

陰影のある女を見事に演じ、清純派女優から大人の女性へのイメージチェンジに成功しています。

ただ、それまで清純派の役柄しかしていなかった佐久間良子さんは、当初は、汚れ役のこの役を断っていたそうで、

当時の「東京撮影所」の所長・岡田茂さん(後の「東映」社長)に何度も頼み込まれ、やむなく引き受けていたといいます。

佐久間良子は22歳の時から数年間、鶴田浩二と不倫関係だった

ちなみに、佐久間良子さんは、鶴田浩二さんとは、1960年、映画「砂漠を渡る太陽」で初共演したそうですが、1963年、22歳の頃から、不倫関係にあったそうで、

業界では周知の中、数年間に渡って不倫関係を続けていたといいます。

佐久間良子は24歳の時、「東映」初の女性単独主演に抜擢されていた

さておき、佐久間良子さんは、1963年、24歳の時、「東映」が社運をかけた田坂具隆監督作品「五番町夕霧楼」で、「東映」史上初の女性単独主演に抜擢されると、

「五番町夕霧楼」
「五番町夕霧楼」より。

以降、「東映」の看板女優として、数多くの作品に出演したのでした。

佐久間良子は28歳の時、成人映画にも出演していた

また、佐久間良子さんは、1967年、28歳の時には、「東映」が路線を変更し、ヤクザ映画とポルノ映画が全盛となったことから、成人映画「大奥(秘)物語」にも出演(主演)しているのですが、

その後も、「妾二十一人・ど助平一代」など破廉恥な映画への出演が続くと、「東映」に対して不信感を募らせ、

その後は、徐々に活動の場を映画からテレビドラマや舞台に移しています。

「お吟さま」
「お吟さま」より。平幹二朗さんと佐久間良子さん。

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佐久間良子は31歳の時、平幹二朗と逃避行の末に結婚していた

また、佐久間良子さんは、1968年、テレビドラマ「皇女和の宮」で共演したのをきっかけに平幹二朗さんと交際していたそうで、

その後、ロンドンへ愛の逃避行の末、1970年、31歳の時には、平幹二朗さんと結婚しています。

平幹二朗と佐久間良子

しかし、夫婦生活は長くは続かず、4年ほどで別居生活となると、その後は”仮面夫婦”との噂が立ち、1984年には離婚となったのでした。

お読みいただきありがとうございました

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