1970年に俳優の平幹二朗さんと結婚するも、早くも1974年には別居となり、1984年には離婚した、佐久間良子(さくま よしこ)さんですが、
そんな佐久間良子さんと平幹二朗さんとの間には、双子の男の子と女の子が誕生しています。

「佐久間良子が急死した元夫・平幹二朗への想いをコメント!」からの続き
佐久間良子の双子の息子は平岳大
佐久間良子さんは平幹二朗さんとの間に、1974年、男の子と女の子の双子を出産しているのですが、その男の子は、俳優の平岳大(ひら たけひろ)さんです。

平岳大さん。
佐久間良子さんによると、岳大さんは、サッカーの強豪校・暁星中学校のサッカー部に入っていたそうで、休日は遠征が多かったことから、お母さんである佐久間良子さんも、ほかの父兄とバスに同乗して他県まで応援に出かけていたそうですが、
岳大さんは、自分がゴールを決めても、
平君の両親は…
と、両親ばかりが注目されることを嫌がっていたそうで、
両親と関係ないところで自分を認めてもらいたいと思ったのか、中学卒業後は、医学を勉強するためにアメリカへ留学し、大学院までアメリカで過ごしたそうです。(その後、一般企業に就職したそうです)
ちなみに、佐久間良子さんは、子供たちが小さい頃は、有名人の子供だからと浮ついてほしくなかったため、”普通”にこだわって生活していたそうで、
子供が起きている間は、どんなに長いセリフを覚えなければならない時でも、一切、台本を開かなかったほか、舞台の休演日を授業参観の日にしてもらうなど、学校行事もなるべく参加するようにしていたといいます。

(左から)佐久間良子さん、平岳大さん、平幹二朗さん。
佐久間良子の息子・平岳大は舞台「鹿鳴館」に父母と共演し俳優デビュー
しかし、それから18年経った2002年、岳大さんは、お父さんである平幹二朗さんと、お母さんである佐久間良子さんと、親子3人で舞台「鹿鳴館」に出演。(初舞台)
佐久間良子さんは、
本当は別の道に進んでほしかった。どの仕事も厳しいですが、芸の道の厳しさは私自身が知っていたので。駄目と言うと逆効果なのは分かっていたはずなのに、結局は駄目と言ってしまいましたね
と、当初は、反対したことを明かしています。

2002年「鹿鳴館」の舞台挨拶より。(左から)平岳大さん、佐久間良子さん、平幹二朗さん。
佐久間良子は直前まで舞台「鹿鳴館」に息子・平岳大が出演することを知らなかった
ちなみに、佐久間良子さんによると、舞台「鹿鳴館」では、元夫の平幹二朗さんと夫婦役を演じることについては最初から承諾していたそうですが、
二人の息子役はまだ決まっておらず、製作発表後も空欄のままだったといいます。
そのため、佐久間良子さんは、プロデューサーに、
どなたですか?
と、尋ねたそうですが、
プロデューサーからは、
交渉中です。少し待ってください
と、言われただけだったそうで、
後日、打ち合わせを兼ねて、平幹二朗さんとスタッフと食事をしていると、
その場に息子の岳大さんが現れ、
僕が息子役を演じることになりました
と、言ったそうで、
佐久間良子さんは、頭が真っ白になって、倒れんばかりに驚き、同時に、何のためにアメリカの大学まで通わせたのかと、激怒したのだそうです。
ただ、本番が差し迫った時期でもあったため、主役の佐久間良子さんが降りるわけにもいかず、結局は、親子3人で共演したのだそうです。
とはいえ、いざ、共演すると、
でも見事にやってのけてくれた。その時に「もう何も言うまい」と思いました
普通、新人であの役をやるのは難しいですし、三島(由紀夫)さんの書かれた美しい言葉ってなかなかハッキリとしたセリフで言いにくいのですが。それを見事に演じてからは、今日に至るまで私は何も言いません
と、岳大さんが、見事、難しい役を演じきったことから、当初は反対していた佐久間良子さんも、岳大さんの役者魂を認めたそうで、
演技の素人だった岳大が、キャリアを積んだ俳優でも難しいような役を、見事に演じきったことには、ただただ驚きました。その頃から一貫して、私から俳優の仕事について何か助言したことはありません。
昨年の大河ドラマ「真田丸」の武田勝頼役などは素晴らしかったですが、まあ「お好きにどうぞ」というのが素直な気持ちでしょうか(笑)。善意の助言でも、女優の母親に口を出されたら嫌でしょうからね。
と、現在は応援しているとのことでした。
佐久間良子の息子の平岳大は平幹二朗と演技論を交わしていた
ちなみに、岳大さんは、お父さんの平幹二朗さんとは、演技について語り合うことがあったそうで、
佐久間良子さんは、
平さんは演技論も滔々(とうとう)として話せる方でしたから、とても良かった。昭和の時代を生きた俳優の息づかいが、少しでも岳大に引き継がれ、作品を通じて後世に伝わっていけばいいですね。
平さんに嫉妬?それはありません。子供たちが平さんと会っていても干渉しません。よく「クールですね」「男らしい」と言われますが、女優って実は男っぽいんですよ
と、語っています。

平岳大さん(左)と平幹二朗さん。(右)
佐久間良子の双子の娘は佐久間良子の書道展に参加
ところで、双子のもう一人の女の子は、芸能人ではないようですが、お母さんの佐久間良子さんの書道展に参加するなど、佐久間良子さんの活動をサポートしているようです。
(書道展で佐久間良子さんの娘さんと会ったお客さんの話によると、娘さんはスレンダーでとても美人とのこと)
佐久間良子さんは、そんなお子さんたちについて、
家を多く空けて、多感な時期に離婚もしました。双子の妹ともども、不満もあったと思いますが、兄妹仲良く元気に育ってくれました。子供と呼ぶにはもうおじさん、おばさんですが、これからも大きく羽ばたいてほしいです
と、お母さんとしての想いを語っています。
さて、いかがでしたでしょうか。
佐久間良子さんの、
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について、ご紹介しました。
当時、男性中心だった映画界で、「東映」初の主演女優として新たな道を切り開くと、その後、長年、女優として活躍してきた佐久間良子さん。
さすがに、80代後半の現在は、ほとんど表舞台に姿を現すことはありませんが、この機会に、佐久間良子さんの作品をご覧になってはいかがでしょう。
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