1958年に女優デビューすると、数多くのスター俳優の相手(ヒロイン)役を務め、その後は、「東映」の看板女優として活躍した、佐久間良子(さくま よしこ)さん。
そんな佐久間良子さんは、プライベートでは、1970年、平幹二朗さんとロンドンへ愛の逃避行の末、結婚したのですが・・・

「佐久間良子の書道の腕は「日展」に入選するなど超一流!」からの続き
佐久間良子は平幹二朗と逃避行の末に結婚していた
佐久間良子さんは、1968年、テレビドラマ「皇女和の宮」で、俳優の平幹二朗さんと共演しているのですが、これをきっかけに平幹二朗さんと交際していたそうで、
1969年には、メキシコで「東映」の大川博社長らと映画祭に参加した後、
私、ニューヨーク経由でロンドンに出掛けるの
と、周囲に告げ、
アメリカ・ニューヨーク経由で、イギリス・ロンドンで待ち合わせしていた平幹二朗さんと落ち合っていたといいます。
(平幹二朗さんは、「ハムレット」の舞台であるデンマークのクロンボー城に視察に訪れていたそうです)
ちなみに、メキシコからニューヨークへの飛行機には、言葉も通じず、要領も分からない中、6時間ほど乗れずにいたそうで、ようやく、最終便で、チップを渡さないといけないことに気づき、なんとか飛行機に乗り込むことができたそうですが、
ニューヨークに着くと、今度は、どうやったらロンドン行きの飛行機に乗れるのか分からず、迷子のように、泣きそうになっていたといいます。
ただ、(佐久間良子さんいわく)モーガン・フリーマンのような優しい瞳の黒人の空港スタッフに必死で身振り手振りで訴えると、その黒人が全ての手続きをして、ロンドン行きの飛行機に乗せてくれたそうで、
ついに、ロンドンに到着したのだそうです。
そして、佐久間良子さんは、映画「哀愁」の舞台となった、テムズ川にかかるウォータールー・ブリッジの真ん中で、平幹二朗さんの胸に思いっきり飛び込むと、
息を弾ませながら、
ねえ。私、ここまでたどり着くのに大変だったのよ
と、平幹二朗さんに、これまでの冒険談を語ったそうで、
(平幹二朗さんは、苦笑しながら耳を傾けてくれたのだそうです)
佐久間良子さんは、後に、
その瞬間、私は人生という舞台で初めて主演女優の座をつかんだような温かい幸福感に包まれていた
と、語っています。
こうして、佐久間良子と平幹二朗さんは、1970年に結婚しているのですが・・・

結婚会見より。平幹二朗さんと佐久間良子さん。
佐久間良子と平幹二朗は男の子と女の子の双子に恵まれるも早々に仮面夫婦となっていた?
そんな佐久間良子さんと平幹二朗さんは、1974年には、男の子と女の子の双子に恵まれているのですが、
仲が良かったのは、初めの4年ほどで、その後はずっと仮面夫婦だったと言われています。
実際、平幹二朗さんは、1974年、東京・渋谷に仕事場を兼ねたマンションを購入し、その時から別居生活が始まっていたようで、
この頃から、佐久間良子さんのプロデューサーとの不倫疑惑や、平幹二朗さんの”男性”の噂が出るようになり、1984年にはついに離婚となっています。

(左から)岳大くん(後に平岳大)、佐久間良子さん、朋子ちゃん、平幹二朗さん。
平幹二朗は佐久間良子が鶴田浩二と不倫関係だったことを知りつつ結婚していた
ちなみに、平幹二朗さんは、佐久間良子さんが鶴田浩二さんと不倫関係にあったことについては、知っていたそうで、
「日本経済新聞」の連載「私の履歴書」で、
先輩・鶴田浩二さんと佐久間良子さんの恋愛に関しては、交際中にも結婚後も良子さんの口から聞いた事は有りませんでした。しかしお2人の噂話は芸能界では有名でしたから、佐久間良子さんとの交際以前から知ってはいました。
永い年月に及ぶ苦しい恋愛のため女性として磨かれ、大人の女性らしさを漂わせていた良子さんに魅力を感じて恋愛関係になったので、過去のラヴ・アフェアーが2人の間で問題になった事はありませんでした。
具体的ななれそめなどについては今度の記事を読んでヘェー! と思った位です
と、語っています。
佐久間良子と平幹二朗の離婚会見は?
さておき、1984年5月28日、佐久間良子さんと平幹二朗さんは、東京会館で二人そろって離婚会見を開くと、
平幹二朗さんは、
(離婚の)原因は、彼女も仕事を大事にする人で生活のずれがあったこと。性格が合わなかったこともあって、それが14年間積み重なってしまった
佐久間良子さんも、
母と女優と妻の3役を全うできなかったのです。不器用な女なので、全力投球すると物理的に妻の役は無理でした
と、きれいにまとめて、円満離婚を強調。
質疑応答では、佐久間良子さんが、不倫疑惑を突っ込まれるも、しれっと否定したことから、
今度は、平幹二朗さんが、
それでは、平さんの男性問題なんですが
と、聞かれたのですが、
平幹二朗さんは、余裕の微笑みを浮かべながら、
僕がお答えするより、彼女に・・・
と、佐久間良子さんに水を向け、
佐久間良子さんも、にっこり笑って、
そんなことは全くありません
と、否定しています。
ただ、途中、平幹二朗さんが握手を求めるも、佐久間良子さんは無視するなど、複雑な二人の関係が露呈しており、実際のところ、円満離婚ではなかったことが伺えたのでした。
(この離婚会見は、後に、マスコミの間で、最後の夫婦共同作業と言われ、芸能史に残る愛憎渦巻く離婚会見として、現在も語り継がれています)

1984年の離婚会見より。佐久間良子さんと平幹二朗さん。
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1970年、ロンドンへ愛の逃避行の末、平幹二朗さんと結婚し、1974年には男の子と女の子の双子を出産するも、出産後まもなく、仮面夫婦化したと噂され、1984年には離婚された、佐久間良子(さくま よしこ)さんですが、後年、 …







