1948年、22歳の時に、大映に入社されるも、下積み時代が長く続き、1965年、39歳にして、ようやく、「東京警備指令 ザ・ガードマン」でテレビドラマデビューし人気者となった、中条静夫(ちゅうじょう しずお)さん。その後もずっと脇役として活動されていましたが、1986年、テレビドラマ「あぶない刑事」で、近藤卓造捜査課長役を演じられると、これがはまり役となり、大ブレイクされています。


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出身は?本名は?

中条さんは、1926年3月30日生まれ、
静岡県のご出身、

学歴は、八王子商業高校卒業、
(後の東京都立第二商業高等学校、現在は閉校)

本名は、中條 靜雄(読み方同じ)で、
「靜雄」は生誕の地名、静岡からとられたものだそうです。

ちなみに、従軍中は教官に、

「学生のくせに名前がチュウジョウ(中将)とは何事か」

と理不尽な説教をされたことがあるそうです(笑)

大映へ入社

中条さんは、高校卒業後、
「神戸製鋼」へ入社し、勤務されていたのですが、

1948年、お父さんの勧めで、妹さんとともに、
「大映」の入社試験を受けられると、見事、お二人とも合格。

(妹さんは、「ミス八王子」に選ばれたこともある美人だったそうです。)

ただ、最終的には、兄妹での入社が許されなかったことから、
妹さんは断念し、中条さんひとりで入社されたそうです。

長い下積みの末、「東京警備指令 ザ・ガードマン」で人気

そして、中条さんは、すぐに、
ニューフェイスとしてデビューを果たされるのですが、

エキストラ同然のちょい役しか回ってこず、
長い間、給料制の大部屋住まいが続いたそうで、

1965年、ようやく、「東京警備指令 ザ・ガードマン」
小森隊員役でテレビドラマデビューされ、

神山繁さん、藤巻潤さんらとともに、
主人公の宇津井健さんの脇を固めて人気者となったのでした。

(ちなみに、このドラマは1971年まで続く人気シリーズとなり、
 中条さんはシリーズ終了まで、小森隊員役でレギュラー出演されています。)

「東京警備指令 ザ・ガードマン」より。(左から)倉石功さん、
川津祐介さん、神山繁さん、宇津井健さん、藤巻潤さん、中条さん、稲葉義男さん。

「あぶない刑事」で大ブレイク

以降、長きにわたり、テレビドラマで、
脇役として出演されていた中条さんですが、

1986年、テレビドラマ「あぶない刑事」で、
近藤卓造捜査課長役を演じられると、
これがはまり役となり、大ブレイク。

コミカルな要素が強いこのドラマの中で、
厳しくも愛に溢れた近藤課長は、重厚な存在感を示し、
多くのファンの心を掴んだのでした。

ちなみに、中条さんご自身はアドリブが嫌いだったそうですが、
主演の柴田恭兵さんと舘ひろしさんに乗る形で、
様々なアドリブやコミカルなセリフ回しを取り入れられ、

ついには、熱心なファンや関係者に、

あぶない刑事の課長といえば、近藤(中条)を置いて他になし

と、言わしめています。

「あぶない刑事」より。
(左から)柴田恭兵さん、中条さん、舘ひろしさん。

劇団「昴」に所属も・・・

ところで、中条さんは、
「大映」倒産後の1973年には、

福田恆存さん主宰の劇団「欅」に入団し、
「ヴェニスの商人」で初舞台を踏まれているのですが、

中条さんが舞台に立つと、

「あっ、ガードマンだ」

という声が、客席から聞こえてきたことから、

中条さんは、焦って頭が真っ白になり、
セリフを間違えてしまったそうで、

それ以来、あまり、舞台には出ておらず、

その後、1976年に、福田さんや芥川比呂志さんらとともに、
劇団「昴」の旗揚げに参加されたものの、
在籍しているだけで、ほとんど活動はされていなかったようです。

出演ドラマ映画

それでは、ここで、
中条さんのそのほかの出演作品もご紹介しましょう。

テレビドラマでは、

1965年「東京警備指令 ザ・ガードマン」
1972年「シークレット部隊」
1973年「ママはライバル」第31話
1974年「6羽のかもめ」
1975年 NHK大河ドラマ「元禄太平記」

1976年「男たちの旅路」
1977年「グッドバイ・ママ」
1978年「新自由学校」
1979年「鉄道公安官」
1980年「ピーマン白書」

「鉄道公安官」より。(左から)石立鉄男さん、加納竜さん、
中条さん、https://koimousagi.com/五十嵐めぐみ26194.htmlさん、赤木良次さん。

1981年「夢千代日記」
1982年「茜さんのお弁当」
1983年「別れていい友」
1984年「不良少女とよばれて」
1985年「ヤヌスの鏡」

1986年「あぶない刑事」
1987年「プロゴルファー祈子」
1988年「スキャンダル」
1989年「勝手にしやがれヘイ!ブラザー」
1990年「世界で一番君が好き!」

「勝手にしやがれヘイ!ブラザー」より。
(左から)中条さん、柴田恭兵さん、仲村トオルさん。

1991年「デパート!夏物語」
1992年「俺たちルーキーコップ」
1993年「渡る世間は鬼ばかり 第2シリーズ」
1994年「オトコの居場所」

映画では、

1955年「楊貴妃」
1957年「透明人間と蝿男」
1958年「かあちゃんは犯人じゃない」
1961年「婚期」
1962年「スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられない」

「スーダラ節 わかっちゃいるけどやめられない」より。
(左から)川崎敬三さん、中条さん、川口浩さん。

1963年「黒の報告書」
1964年「黒の超特急」
1965年「大怪獣ガメラ」ナレーション(クレジットなし)
1966年「陸軍中野学校」
1973年「野獣狩り」

「野獣狩り」より。渥美国泰さんと中条さん。

1975年「動脈列島」
1978年「ブルークリスマス」
1987年「あぶない刑事」
1988年「またまたあぶない刑事」
1989年「もっともあぶない刑事」
1994年「免許がない!」

ほか、数多くの作品に出演されています。

死因は?

こうして、数多くのテレビドラマで、
名脇役として活躍されてきた中条さんですが、

1994年10月5日、68歳で、
「ガンによる肝不全」のため他界。

実は、この10月5日は、中条さんの大ブレイク作、
「あぶない刑事」の放送開始と同じ日でした。

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妻は?息子は?

そんな中条さんの、
気になるプライベートですが、

中条さんは、下積み時代の1959年3月30日、
自身の誕生日に一般の女性と結婚されています。

ただ、当時の中条さんの稼ぎでは、
奥さんを養っていくことができなかったため、

奥さんは、靴箱づくりの内職などをして、
家計を助けられていたのですが、

それから2年後には、中条さんの3歳年下の実の弟さんが、
33歳の若さで亡くなり、続いてその奥さんも他界。

中条さんは、苦しい経済状況の中にもかかわらず、
その男の子を養子にされています。

「あぶない刑事」で演じられた近藤課長さながらの、
とても愛情深い、中条さんのお人柄が分かるエピソードですね。

ちなみに、中条さんと奥さんの間に、
お子さんがいらっしゃるかどうかは分かりませんでした。

さて、いかがでしたでしょうか?

デビューから20年弱もの間、下積みを重ね、
39歳にして、ようやく「東京警備指令 ザ・ガードマン」で、
テレビドラマデビューを果たし、表舞台に登場した中条さんですが、

後に、中条さんは、元大映社長の永田雅一さんと、
パーティーで偶然出会った際に、

中条君、私は君の才能を見抜くことができず、
まことに申し訳ないことをしてしまったよ。
大映という会社にとっては残念至極。

との言葉をかけられたそうで、

中条さんは、この言葉で、
下積時代の苦労が吹き飛んだといいます。

これを機会に、中条さんの、長い下積みで培った、
いぶし銀のような味のある演技をご覧になってはいかがでしょうか。

中条さんのご冥福をお祈り致します。

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