田辺靖雄の若い頃は?妻は九重佑三子!子供は?病気は?


1963年、梓みちよさんとのデュエット曲「ヘイ・ポーラ」が大ヒットを記録し、たちまちブレイクされた、田辺靖雄(たなべ やすお)さん。1973年には、歌手の九重佑三子さんと結婚されると、1986年からは夫婦でリサイタルを開くなど、二人三脚での活動を続けられています。

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年齢は?出身は?本名は?父親は?

田辺さんは、1945年4月5日生まれ、
東京都のご出身、

身長171センチ、

血液型はO型、

学歴は、
日本大学演劇学科卒業、

趣味は、
読書、クルマ、

ちなみに、
本名は、田邊靖雄(読み方同じ)で、

お父さんは、元NHKアナウンサーの田辺正晴さん、
お兄さんは、アナウンサーの田辺よしのぶさん、
お姉さんは、歌手の三原さと志さんの元妻・伊都子さん

そして、甥(お姉さんの息子)には、
ミュージシャンの小山田圭吾さんがいらっしゃいます。

若い頃は「ヘイ・ポーラ」「二人の星を探そうよ」が大ヒット

田辺さんは、お父さんがNHKのアナウンサー、
お母さんが化粧師(現在のメイクアップアーティスト)だったため、
子どもの頃、よくNHKに遊びに行っていたそうで、

その縁で劇団「こまどり」の関係者と知り合われると、
1955年、10歳の時、劇団「こまどり」に入団し、
同年には、「女中ッ子」で子役として映画デビュー。


「女中ッ子」出演時の田辺さん

その後、中学に上がる頃には劇団を辞め、
中学の3年間は芸能活動をしていなかったのですが、

高校在学中の1961年、16歳の時、
「六本木野獣会」を結成したことがきっかけとなり、
渡辺プロダクションからスカウトされて芸能界入りされます。

(※六本木野獣会とは、田辺さんを中心に構成されたティーンネイジャーの、
 遊び人グループで、メンバーには、峰岸徹さん、中尾彬さん、大原麗子さん、
 小川知子さん、井上順さん、ムッシュかまやつさんなどがいたそうです。)

そして、同年、NHKのバラエティ番組「夢であいましょう」にレギュラー出演し、
同番組内のコーナー「今月のうた」で歌唱されるなど、歌手として活動されると、

1963年に発売した梓みちよさんとのデュエット曲「ヘイ・ポーラ」
(原曲は英語の「ポールとポーラ」のカヴァー曲)が大ヒットを記録。


「ヘイ・ポーラ」

田辺さんはいきなりこの年の「第14回NHK紅白歌合戦」に初出場を果たされると、
翌年の1964年に発売した「二人の星を探そうよ」も大ヒットとなり、
一躍、人気歌手の仲間入りを果たされたのでした。


「二人の星を探そうよ」

その後は、1971年頃からは、歌手として活動されるかたわら、
本格的にテレビドラマにも出演されるようになり、
歌手、俳優として活動されています。

妻は九重佑三子

そんな田辺さんの気になるプライベートですが、

田辺さんは、1973年、初代「コメットさん」で、
歌手の九重佑三子(ここのえ ゆみこ)さんと結婚されており、

彼女は僕のファンだったらしいんですよ。
共演した時に、変わった女の子だなって。
ちょっと生意気でね。そこが男心を刺激されたのかな。

と、馴れ初めを明かされています♪

また、田辺さんが公私共に「お父さん」として慕っていた森繁久彌さんが、

お前たちがもし、結婚するなら、俺が仲人をするからな

と、かねてから言ってくれていたそうで、
森繁さん夫婦が結婚の媒酌人をしてくれたそうです。

ちなみに、九重さんは、田辺さんとの結婚後は、
芸能活動を休止して家庭に入り、1978年には男の子を出産。

その後、子育てが一段落ついた1986年から芸能活動を再開されると、
夫婦一緒にディナーショーやコンサート活動を行うようになり、
元アイドル同士のおしどり夫婦と話題となりました。


「芸能人対抗!家族のキズナ歌合戦」に出演される田辺さんファミリー

息子は田辺晋太郎

そんなお二人の間には、息子さんが二人いらっしゃるのですが、
1978年に誕生した長男は、現在、音楽プロデューサーとして活動されている、
田辺晋太郎(たなべ しんたろう)さん。

晋太郎さんは、2001年、「Changin’ My Life」のメンバーとしてデビューされ、
3枚目のシングル「Myself」がヒットすると、

2003年には、自身の音楽活動の幅を広げるためにグループから脱退し、
以降、音楽作家・プロデューサーとして活動されています。

(ちなみに、晋太郎さんは、フリーアナウンサーの本村由紀子さんと結婚されています)

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病気?

芸能界きってのおしどり夫婦として、夫婦二人三脚で歩んでこられた田辺さんですが、
2007年のある日、突然、歩けなくなる原因不明の病に侵されてしまいます。

田辺さんは、これまで病気をしても、一日寝れば大丈夫なほど丈夫だったため、
奥さんの九重さんは大変驚き、ただちに病院に連れて行かれたそうですが、

医者からは、

奥さん、ご主人は今日から普通の生活は出来ないから、
入院してください。

と、言われてしまったのです。

ただ、九重さんは、

冗談じゃない!私が治す!

と言って、入院を拒否し、田辺さんを連れて帰ると、
その後は、車椅子に乗って居心地がいいという田辺さんを、

人は慣れると楽しようとして、立ち直れなくなる

と、叱咤しながら、
想像を絶するようなリハビリ介助を敢行。

すると、九重さんの献身的な看病とリハビリ介助の甲斐があり、
田辺さんの足は奇跡的に治り始め、約一年後には、
すっかり良くなり、歩けるようになったのでした。

ちなみに、田辺さんは、当時を振り返り、

当時は足が動かないことよりも精神的にきました。
ですから、気持ちで負けないように、
「なにくそっ」と思いながらリハビリをしていました。

と、明かされているのですが、そんな壮絶な経験から、
「何か自分に出来ることはないか」と車椅子二千台をボランティア団体に寄贈。

以降、九重さんとお二人で、全国チャリティコンサートなど、
福祉活動も精力的に行っています。

(田辺さんを襲った病気は、いまだ名前も分からず、謎のままで、
 心因性の疾患ではないかと言われています。)

さて、2005年には、奥さんの九重さんとともに、
シングル「いっしょ」をリリースされた田辺さんですが、

特に、子どもが巣立った後の熟年離婚が多い現代において、
この年齢まで仲良くいられるのはとても素敵なことですね。

末永く仲睦まじい姿を見せ続けてほしいものです♪

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