2018年、映画「カメラを止めるな!」で一躍注目を集めた、しゅはまはるみさんですが、実は、20年以上も前に一度ブレイクされていました。そんなしゅはまさんの、生い立ちから追ってみました。
年齢は?出身は?身長は?学歴は?事務所は?
しゅはまさんは、1974年9月29日生まれ、
東京都世田谷区下北沢のご出身、
身長165センチ、
体重60キロ、
血液型はB型、
学歴は、
藤村女子中学校(転校)
⇒高校卒業
趣味は、アメリカドラマ鑑賞、
旧芸名は、
「夕真緒」⇒「主浜はるみ」、
事務所は、
「イーピン企画」⇒「エイベックス・マネジメント」(2018年より)です。
暗い性格だった少女時代
しゅはまさんは、子どもの頃、他人に合わせることが苦手で、暗い性格だったことから、一人の子としか仲良くなれなかったそうですが、やがて、その子にもふられ、一人ぼっちになってしまったそうです。
また、中学生の時には、新体操部に所属し、補欠ながらもずっとレギュラーだったのですが、ある時、補欠から外されると、自分の価値を感じられなくなって、周りとギクシャクしてしまい、そのことが原因で別の学校に転校するなど、子ども時代にあまり良い思い出はないそうです。
「ジャパンアクションクラブ(JAC)」入所も・・・
そんなしゅはまさんは、高校生の時、両親に勧められて、「ジャパンアクションクラブ(JAC)」の養成所に入所。
すると、創設者の千葉真一さんに気に入られ、千葉さんの名前「真一」から一字を取った「夕 真緒」という芸名で、1992年、テレビドラマ「徳川無頼帳」で女優デビューされるのですが、
アクションに関しては、バク転一つできなかったそうで、しばらくはダマしダマし続けるも、その後、フェードアウトする形で「JAC」を退所されています。
「TBC」のcmでナオミ・キャンベルに?
それでも、しゅはまさんはお芝居をすることが大好きだったため、「JAC」退所後は、自らオーディション雑誌を見て応募されたそうで、やがて、堤泰之さん、白井晃さん演出の舞台で初舞台が決まると、このことがきっかけとなり、1995年には、劇団「東京乾電池」の養成所に入所。
翌年の1996年には、「東京乾電池」に正式に入団し、舞台を中心に活動されると、1997年には、当時、絶大な人気を博していたスーパーモデル・ナオミ・キャンベルさんに変身する「TBC」のCMに出演し、大きな話題となったのでした。
「TBC」のCM出演時のしゅはまさん。
婚約で女優業を引退
その後も、しゅはまさんは、「麒麟麦酒 キリン一番搾り」のCMで沢田研二さんと共演するほか、
脇役ながら、連続テレビドラマ「成田離婚」にレギュラー出演されるなど、順風満帆な女優人生を送られていたのですが・・・
当時、交際していた男性と結婚の約束をした時に、彼が女優の仕事に反対だったことや、しゅはまさん自身、テレビでの仕事が得意ではなかったこともあり、1998年、女優を引退されたのでした。
(「東京乾電池」は、舞台だけやるのはNGだったそうで、テレビの仕事を断って舞台だけに専念するということもできなかったそうです)
結婚と同時に女優復帰
そして、引退後は、連絡を取ると未練がでてくるため、役者仲間たちとのお付き合いも疎遠にされたしゅはまさんですが、
彼が音楽をやっていて、収入がアルバイト、そのうえ競馬好きだったこともあり、経済的な理由で、肝心の結婚はなかなか出来ず、ようやく、彼から結婚を切り出されたのは5年後だったそうで、
さすがに、待ちきれず、その間、友人から受けた小さな舞台のお手伝いなど、徐々に舞台の仕事をするようになると、
(女優業を)きちんとやり直したい
との思いも芽生え始めており、
「女優復帰」を条件に彼と結婚されたのでした。
「しゅはまはるみは現在もスナックでチーママ?出演ドラマ映画は?」に続く