「必殺」シリーズの中村主水役や、「はぐれ刑事純情派」の安浦刑事でお馴染みの、藤田まこと(ふじた まこと)さんですが、今回は、そんな藤田さんの、生い立ちから少年時代をご紹介します。

Sponsored Link

年齢は?出身は?身長は?酒?本名は?

藤田さんは、1933年4月13日生まれ、
東京府東京市(現:東京都)豊島区池袋のご出身(京都府京都市育ち)、

身長173センチ、

血液型はAB型、

学歴は、
京都市立堀川高等学校中退、

本名は「原田 眞(はらだ まこと)」

お父さんは、無声映画時代のスター俳優・藤間林太郎さん、
お母さんは、お父さんが身請けした元芸妓、


藤間林太郎さん。

伯母(お父さんの異父姉)には、大正美人の一人として数えられている、舞踏家の林きむ子さん、
伯父(お父さんの異父兄)には、曾我廼家喜劇の女形だった、曾我廼家弁天さん、
がおられます。


林きむ子さん。

ちなみに、趣味は、観劇、ゴルフですが、

藤田さんは、大の酒好きで、

飲むのをやめるときは、グラスを口にもってくのが面倒くそうなったときくらい

だれかが飲ませてくれるなら、ずーっと飲み続けてるかもわかりません

と、おっしゃっていたことがあったそうです♪

生い立ち

藤田さんは、無声映画時代のスター俳優・藤間林太郎さんと、林太郎さんが身請けした元芸姑の間に、次男(上に姉と兄)として東京で誕生しているのですが、

元芸姑のお母さんは、藤田さんを出産後、体調が優れず伏せりがちとなり、藤田さんが6歳の時に他界。

そのため、藤田さんは、お母さんの記憶がほとんどないそうです。

また、お父さんからは、後に藤田さんが芸能人になった時、

お前が生まれるのには金がかかっている。芸人ならばお前の代で元を取れ。

と、言われたそうで、それほど、生活は豊かではなかったようです。

少年時代は継母に反抗

そして、藤田さんが小学生の時には、お父さんが再婚されているのですが、藤田さん自身は、特に継母に反感を抱いていたわけではなかったものの、お兄さんが反抗していたことから、お兄さんに影響を受けて反抗するようになると、

その後は、お兄さんが反抗しなくなっても、藤田さんだけは反抗を続け、決して、継母を「お母さん」と呼ばない、頑固な子供だったそうで、

お兄さんとお姉さんから、

お母さんと言え

と、殴られたこともあったそうです。

養子縁組するも兄の死で実家に

その後、1943年、藤田さんが10歳の時、藤田一家は大坂府枚方市光善寺へと移り住むのですが、近所に兵器工場があったため、空襲に遭う危険を感じ、すぐに京都府京都市の四条堀川へ引っ越しされます。

そして、終戦後の1946年には、藤田さんに、かつて住んでいた光善寺の長屋の大家との養子縁組の話が持ち上がったそうで、継母が嫌いだった藤田さんは承諾し、その後、養父母とはうまくいっていたそうですが、

まもなく、お兄さんの戦死が判明したため(お兄さんは志願兵として兵役についていたのですが、乗船中の輸送船「江龍丸」がアメリカ軍の攻撃にあって沖縄の久米島で沈没)、家族の元へと戻られます。

(この頃、お父さんと継母は離婚していたようです)

すると、お姉さんから、

お前がお母さんの言うことを聞かないので、家の中がめちゃめちゃになってしまった。だから、お兄ちゃんは居づらくなって戦争に行ったんだ。

と、言われたそうで、

そのため、藤田さんは、お兄さんからの最後の音信であるハガキを見ては、

新しいお母さんと僕が上手くやれていたら、兄貴は戦争に行かなかったかもしれない。

僕はどうして「お母さん」と素直に呼べなかったんやろう

と、後悔したそうです。

(後に、このお兄さんからの最後のハガキをコピーし、常に携帯するようになったそうです。)

ちなみに、藤田さんは、後に、継母についても、

いい人でした。大金持ちのところ(継母の前夫は「とある著名な文化人」だったそうです)から、惚れて貧乏役者のところに来たのに、子供が全くなつかなかったというのは辛いことだったでしょう。彼女にも悪かった。

と、語っておられます。

Sponsored Link

ヒロポンで逮捕も

そして、そんなお姉さんも、肺を患って伏せていたことから、まもなく他界。

ついに、家族は、藤田さんとお父さんの二人きりになってしまうのですが、お父さんはというと、家庭を顧みない人間だったそうで、

藤田さんは、

頼れるのは自分の才覚だけ

との思いに至り、

学校をサボっては闇市を徘徊するほか、夜は京都市内のキャバレーや将校クラブの近くで、進駐軍兵士の靴磨きや連絡係をして、お金を稼いだそうです。

ただ、この頃、藤田さんは、お酒のほか、「エフェドリン」「ヒロポン」(当時市販されていた覚醒剤)にも手を出し、生活は相当荒んでいたそうで、

後に、19歳の時、九州から大阪に向かう夜行列車の中では、「ヒロポン」を使用しているところを警察官に見つかって、逮捕されたこともあったそうです。

「藤田まことの若い頃は歌手志望もてなもんや三度笠でブレイク!」に続く

Sponsored Link