パワーリフティングでは「全日本選手権」で3度も優勝を飾るなど、隠れた才能を開花された、なべやかんさんですが、パワーリフティングだけではなく、50歳にして、プロレスのチャンピオンにも輝いています。

「なべやかんは「全日本パワーリフティング選手権」を3度も制覇していた!」からの続き

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「オフィス北野」を退社

「たけし軍団」での体を張った活動に耐えるため通い出したジムで、パワーリフティングと出会うと、初めて出場した大会でいきなり優勝し、その後も、「全日本選手権」で3度も優勝を飾るほか、隠れた才能を発揮したなべさんですが、

師匠であるビートたけしさんが、2018年3月いっぱいで、「オフィス北野」から独立することが決まると、なべさんも、同じく、2018年3月いっぱいで、「オフィス北野」を退社。その後はフリーで活動されます。

(同年12月1日からは、父親のなべおさみさんが業務提携している縁で、芸能事務所「ワイエムエヌ」に所属されています)

「ベストボディ・ジャパンプロレス(BBJ)」の無差別級王座を獲得

そんな中、なべさんは、肉体美を競うコンテスト「ベストボディ・ジャパン」で司会を務められているのですが、このことがきっかけとなり、「ベストボディ・ジャパン協会」が立ち上げたプロレス団体「ベストボディ・ジャパンプロレスリング(BBJ)」への参加を打診されると、同年8月には、「ベストボディ・ジャパンプロレス」の旗揚げ公演でプロレスラーデビュー。

以降、「ベストボディ・ジャパンプロレス」で18試合、「愛媛プロレス」(四国初のプロレス団体)で20試合をこなすと、2020年8月には、なんと、同団体の無差別級王座を獲得されたのでした。

とはいえ、当初は、

最初は「できるわけない」と無視してたんですが、「エンタメでにぎわしてくれたら」ということで「分かりました」と入ったら、それは違っていた。

(プロレス団体)DDTの道場で、毎週2回、プロレスラーと一緒に練習する日々。不安でしたよ。僕は全日本プロレスで、三沢光晴さんらがやめる直前くらいに番組の司会とかやらせてもらっていて、現場でプロレスの大変さも分かっていたので、とてもとても・・・

と、入団するつもりはなかったのだそうです。

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「明治大学替え玉事件」当時の父親なべおさみと同じ50歳に

そんななべさんは、無差別級王座を獲得した同月、50歳になられているのですが、「明治大学替え玉事件」(1991年)当時のお父さんの年齢が50歳だったそうで、

言葉で世間からの攻撃を受けた父と同じ50になった自分はリングで肉体的な攻撃を受けていて、どっちがきついんだろうと思いますね。ほぼ同じ年になってみて、あの時の父親が50代からプロレスやるなんて思えないですからね

来年(2021年)は「あれから30年」の節目。プロレスは3年目だから、まだ10分の1です。不祥事から芸能界デビューして、親の七光りだ、二世タレントだ・・・と、30年間、言われ続けているわけですから。

ネットを開けば僕の悪口が98%くらいで、いいこと書いてるのは2%くらいだと思うんですけど、芸人はそれを笑いに昇華できないとダメですから。プロレスも痛めつけられて逆転できるかどうかです

と、語っておられます。

「なべやかんの嫁は元ラジオDJ!結婚式では「替え玉花婿」が登場!」に続く

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