1961年、「悲しきインディアン」でレコードデビューされると、翌年の1962年には、「遠くへ行きたい」が大ヒットを記録し、一躍人気歌手となられた、ジェリー藤尾(ジェリーふじお)さん。そんなジェリーさんの生い立ちについて調べてみました。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

ジェリーさんは、1940年6月26日生まれ、
中華民国(汪兆銘政権)のご出身、

本名は、
藤尾薫紀(ふじお しげき)、

学歴は、
専修大学附属京王高等学校中退、

娘には、元女優の藤尾美紀さんと藤尾亜紀さんがいらっしゃいます。

少年時代は差別と母親の死

ジェリーさんは、NHKのアナウンサーだったお父さん、藤尾薫宏さんと、イギリス国籍のお母さん、オリビア・ヒース・ゴンザレスさんの間に、当時の中華民国上海の日本租界で誕生すると、6歳まで上海で過ごし、終戦後の1946年、家族で日本に引き揚げます。

ただ、上海では、英語のみで生活していたジェリーさんは、日本語がしゃべれないうえ、西洋人的な外見から、お母さんとともに、激しい差別を受け、

特に、お母さんは精神的に参ってしまい、知り合いが誰もいない日本で孤独感を紛らわすため、アルコールに依存するようになってしまいます。

そして、ジェリーさんが中学1年生の時、学校から帰ると、そこには、台所で吐血し、ウィスキーの瓶を握りしめたまま亡くなっているお母さんがいたのでした。

愚連隊「三声会」用心棒~歌手を志す

さらには、妻をそのような形で亡くした精神的ショックから、お父さんが家庭を顧みなくなると、ジェリーさんは深く傷つき、ついに家出。

ジェリーさんは、新宿などの繁華街で、喧嘩に明け暮れる荒んだ生活を送るようになったのでした。

そんなジェリーさんは、やがて、愚連隊「三声会」の用心棒を務めるまでにのし上がっていくのですが、いつしか、音楽と出会い、音楽の道を志すようになると、ジャズ喫茶でバンドボーイを務めることに。

そして、1957年、17歳の時、働いていたジャス喫茶で、エルヴィス・プレスリーの「ハウンド・ドッグ」を飛び入りで歌ったところ、このことがきっかけとなり、「マナセプロダクション」からスカウトされ芸能界入りされたのでした。

「遠くへ行きたい」が大ヒット

こうして、ジェリーさんは、翌年の1958年、「水原弘とブルーソックス」のヴォーカルとして、「日劇ウエスタンカーニバル」で舞台デビューし、1961年には、「悲しきインディアン」でレコードデビューを果たされると、

1962年5月には、NHKの番組「夢であいましょう」に出演。また、同番組の「今月(5月)の歌」として作られた「遠くへ行きたい」も歌唱し、翌6月にシングル「遠くへ行きたい」をリリースすると、たちまち大ヒットを記録。


「遠くへ行きたい」

さらに、同年リリースしたアルバム「ダニー・ボーイ」もヒットを飛ばし、ジェリーさんは、一躍人気歌手となられたのでした。


「ダニー・ボーイ」

ディスコグラフィー

それでは、ここで、ジェリーさんのその後のディスコグラフィーをご紹介しましょう。

1961年「悲しきインディアン」
     「石松野郎の唄/地平線がギラギラ」
     「ノーモア(ラ・パロマ)/聖者が町にやって来る」
1962年「遠くへ行きたい/インディアン・ツイスト」
     「ヤングセブン/ふたりの唄」
     「誰かと誰かが/なんて馬鹿な僕」

1965年2月「街角の広場で/ちょっとあんたに聞くけれど」
     6月「青春に恋をしよう/この胸のときめきを」
1966年3月「悲しいときには/魚河岸の石松」
       「遠くへ行きたい/ヤング・セブン(若い虹)」
1966年7月「男意気/土佐の一本漁り」
1967年2月「2人だけの道/君の可愛い耳もとで」
1967年5月「歩いて行こう恋人よ/森の泉」

1968年2月「指笛の丘/ふるさとが欲しいから」
1968年5月「夢去りし街/愛の湖」
1968年9月「ドゥー・ワカ・ドゥー/なんというすばらしさ」
1969年8月「ここは赤坂別れ坂/消えた瞳」
1970年7月「さよならはさよならじゃない/愛のしるし」
       「遠くへ行きたい/ヤング・セブン(若い虹)」
1971年2月「夫婦/はずみの恋」

1972年3月「さすらいの青春/ポケットに夢ひとつ」
1972年8月「ラ・タ・タでゴキゲン/ロージーちゃん」
1976年11月「巨人軍音頭/巨人軍応援歌 -王者の栄光-」
1979年4月「’79 遠くへ行きたい/憧憬(あこがれ)」
1979年11月「男たちのララバイ/オールディーズ・タウン」
1980年10月「別れにほほえみを/霧の中の旅人」
1991年10月「パパとワルツを踊ろう」

と、特に1960年代に数多くシングルをリリースされています。

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出演作品(映画、テレビドラマ)

また、ジェリーさんは、歌手活動のかたわら、俳優としても活動されています。

主な出演作品をご紹介しましょう。

映画では、

1959年「檻の中の野郎たち」
1960年「偽大学生」
1961年「用心棒」
1962年「銀座の恋の物語」
1963年「真田風雲録」
1964年「牝」


「偽大学生」より。ジェリーさんと若尾文子さん。


「用心棒」より。左端がジェリーさん。右隣は加藤武さん。


「銀座の恋の物語」より。(左から)ジェリーさん、江利チエミさん、浅丘ルリ子さん、石原裕次郎さん。

1965年「エレキの若大将」
1966年「そっくり大逆転」
1967年「九ちゃんのでっかい夢」
1970年「どですかでん」
1971年「悪の親衛隊」
1981年「日本フィルハーモニー物語 炎の第五楽章」
2007年「サクゴエ」


「悪の親衛隊」より。(左から)ジェリーさん、川口恒さん、渡瀬恒彦さん。

テレビドラマでは、

1965年「東京警備指令 ザ・ガードマン」第18話
1966年「魚河岸の石松」
1967年「意地悪ばあさん」第12話
1968年「三匹の侍」第5シリーズ 第14話
1969年「五番目の刑事」第12話
1972年「さすらいの狼」
1973年「無宿侍」

1974年「白い牙」
1977年「破れ奉行」
1985年「セーラー服反逆同盟」第12話
1990年「ぼくが医者をやめた理由」
1991年 月曜・女のサスペンス「仙台七夕・幻の女」
1994年 土曜ワイド劇場「美人OL殺し」
2019年「やすらぎの刻~道」


「セーラー服反逆同盟」より。ジェリーさんと次女の亜紀さん。

ほか、数多くの作品に出演されており、映画では、「用心棒」「どですかでん」など、黒澤明監督作品にも出演されたのでした。

「ジェリー藤尾の娘が元嫁の渡辺友子との泥沼離婚劇の真相を告白!」に続く

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