入学試験の時に一目惚れした女の子(後の奥さん)に再会したい一心で、数ある合格大学の中から京都産業大学に進学すると、本当にその女の子に再会したという、笑福亭鶴瓶(しょうふくてい つるべ)さんですが、京都産業大学では、後に、フォークバンド「あのねのね」で一緒に活動することになる、清水国明さん、原田伸郎さんとも出会います。

「笑福亭鶴瓶が嫁に一目惚れしたエピソードが素敵すぎる!」からの続き

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清水国明とバイト先で知り合う

京都産業大学に進学した鶴瓶さんは、すぐに、六角通りにある「三木半」という旅館でアルバイトを始めたそうですが、そこで、一学年上の清水国明さんと出会ったそうです。

すると、清水さんは、福井県の実家がギターの修理をやっていたことから、実家に戻るたびに大阪にギターを持って帰ってきたそうで、お金に困ると、鶴瓶さんはそのギターを売りに行かせられるほか、

鶴瓶さんがガールズバーのサンドイッチマン(胴体の前面と背中の両方に宣伝用の看板を取付けて宣伝する人)のアルバイトをしている時には(喫茶店でサボりながらだったそうですが)、「みんなで食おう」と、お金を取り上げられたのだそうです。

清水国明に居候されていた

また、清水さんは、ある時、突然、姿を消したかと思うと、しばらくしてから、鶴瓶さんの部屋に訪れてきたそうで、その後、しばらくは、鶴瓶さんの部屋に居候したそうです。

しかも、当初は、夜になると、カーテンをはずし、そのカーテンにくるまって寝ていたそうですが、そのうち、鶴瓶さんから布団を奪い取り、ついには、部屋まで占領したそうで、清水さんも、鶴瓶さんに負けず劣らず、なかなかのツワモノだったようです(笑)

(ちなみに、清水さんがしばらく姿を消していたのは、ソ連行きの貨物船に乗り込んでいたとのことで、大きな鮭を何匹も持って帰ってきて、部屋に吊るし、毎日、二人で鮭茶漬けを食べたそうです)

京都産業大学の落語研究会で原田伸郎と出会う

さておき、鶴瓶さんは、大学では、落語研究会「落語長屋」に入部すると、そこで、原田伸郎さんと出会っているのですが、

原田さんによると、落語研究会の説明会があると聞き、教室に行くと、そこには、落語をしている鶴瓶さんがおり、とても上手だったうえ、「こんな先輩がいるなら楽しそうだな」と思い、入部しようと、

1年生の原田伸郎といいます。よろしくお願いします

と、挨拶したそうですが、

鶴瓶さんからは、

俺も1年生やねん

と、言われたそうで、

なんと、鶴瓶さんは、入部したその日から、「童亭無学(どうてい むがく)」を名乗り、早速、説明会で落語をしていたのでした。

(ちなみに、原田さんは、高座名を「童亭寿限無」としたそうです)

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清水国明、原田伸郎と仲が良くいつもつるんでいた

その後、鶴瓶さんが、「三木半旅館」のアルバイトを原田さんに紹介し、清水さんと原田さんと鶴瓶さんは、一緒にアルバイトをしたそうで、

いつも、三人は、朝5時に起きて、布団を上げ、朝食の配膳、部屋の掃除をし、その後、大学に向かっていたそうですが、その途中の三条大橋の手前のパチンコ屋に入ってはパチンコに興じ、お金がなくなると、「三木半旅館」に戻り、ギターを弾いたり、落語をやる、という暮らしをしたのだそうです。

「笑福亭鶴瓶は昔「あのねのね」のメンバーだった!」に続く

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