笑福亭鶴瓶は小学生の時40万円の馬券を当てていた!


1972年に落語界に入門して以来、長きに渡って老若男女を問わず高い人気を誇っている、笑福亭鶴瓶(しょうふくてい つるべ)さんですが、実は、少年時代、驚くべき能力を発揮していたといいます。

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年齢は?出身は?身長は?

鶴瓶さんは、1951年12月23日生まれ、
大阪府中河内郡長吉村(現・大阪市平野区)のご出身、

身長170センチ、
体重77キロ、

胸囲106センチ、
腰回102センチ、
尻回99センチ、

靴のサイズは26.5センチ、

血液型はO型、

学歴は、
大阪市立長吉小学校
⇒大阪市立長吉中学校
⇒浪速高等学校
⇒京都産業大学経済学部中退

趣味は、
ボクシング、人間観察、歌舞伎観劇だそうです。


幼少期の鶴瓶さん。

本名は?

鶴瓶さんの本名は、「駿河学(するが まなぶ)」なのですが、京都産業大学の落語研究会時代は、童亭無学(どうてい むがく)と名乗ったり、スルガ・マナブと名乗ったりしていたそうです。

また、愛称は、「鶴瓶さん」「べーさん」「鶴瓶師匠」「べー師匠」「鶴瓶ちゃん」「まーちゃん」「まなぶくん」だそうです。

高座名の由来は?

そんな鶴瓶さんの高座名は、言わずとしれた「笑福亭鶴瓶」なのですが、その由来について、鶴瓶さんは、時期によって、二つの異なる説明をしています。

まず、一つ目は、1972年2月14日、笑福亭松鶴さんの11番弟子として入門した際、しばらくは高座名がなく、問われた時は、やむなく、「笑福亭駿河」と名乗っていたそうですが、ほどなくして、師匠の松鶴さんから、

どっかひとつ抜けたとこあるしな……そうや、昔井戸で”つるべ”て使うてたやろ。なんやお前は、井戸のつるべのタガが抜けたみたいなとこあるし

と、言われ、「鶴瓶」となったという話。

もう一つは、松鶴さんから、「鶴之(つるゆき)」と「鶴瓶(つるべ)」の二つの名前から選ぶよう言われ、「鶴瓶」を選んだという話で、

松鶴さんから、「落語系図」で、先代・鶴瓶(後の林家染八(はやしや そめはち))について見るように言われ、見たところ、

おもろい名前つけてもろたなあ

と、不思議な気持ちになったと語っています。

ちなみに、鶴瓶さんは、入門翌月の1972年3月には、「ラジオ大阪」や「ABCラジオ」の番組に出演しているのですが、この時にはすでに、「鶴瓶」を名乗っていたそうです。

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小学生の時に40万円の馬券を当てていた

さておき、鶴瓶さんは、梱包資材を扱う店を営むお父さんのもと、5人兄弟(12歳年上の兄と姉3人)の末っ子として誕生すると、子供の頃は、3畳6畳3畳の4軒長屋に、おばあちゃんを含め、一家8人で暮らしていたそうで、3人のお姉さんたちに、お化粧をされたり、水着を着せられたりしながら育ったそうです。

そして、1961年、鶴瓶さんが小学4年生(10歳)の時、お父さんが家を増築したそうですが、なんと、その増築資金は、鶴瓶さんのお金だったというのです。

というのも、ある日のこと、鶴瓶さんが登校中、近所の男性に競馬場に誘われ、ついていくと、その男性は、鶴瓶さんが適当に指名した馬券を購入して、見事40万円が当たったそうで、驚いた男性は、払い戻された40万円を、丸ごと鶴瓶さんにくれたのだそうです。

そして、その日の夜、鶴瓶さんは、家族が寝静まったのを見計らい、もらったお札を数えていたそうですが、運悪くお母さんに見つかってしまい、大騒動に。夜中にもかかわらずその近所の男性を叩き起こして、事情が確認され、40万円は駿河家のお金になってしまったのだそうです。

ちなみに、鶴瓶さんは、その後、お金がどうなったのか分からず、後に、お母さんに、お金の使いみちについて、執拗に質問したところ、実家の増築資金になっていたことが判明したのだそうです。

(ただ、この話を「徹子の部屋」で語ったところ、お母さんに叱られてしまったそうです(笑))

「笑福亭鶴瓶は高校3年のとき渥美清に弟子入りしようと上京していた!」に続く

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