黒柳徹子の若い頃は?年齢は?40年交際の恋人って?


1950年代からテレビの世界で活躍する、黒柳徹子(くろやなぎ てつこ)さん。早口で、とても個性の強いキャラクターは、唯一無二の存在です。

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年齢は?出身は?身長は?本名は?

黒柳さんは、1933年8月9日生まれ、
東京府東京市赤坂区乃木坂(現・東京都港区乃木坂)のご出身、

身長は163センチ、

血液型はA型、

趣味・ 特技は、水中ヨガ、

学歴は、
尋常小学校(現: 公立小学校)
⇒トモエ学園
⇒香蘭女学校
⇒ 東京音楽大学声楽科卒業

ちなみに、黒柳徹子は本名で、
両親が男の子が生まれると思って「徹」という名前を考えていたのが、
実際には女の子だったため「子」をつけて「徹子」となったそうです。

幼少期はちょっと変わった子

黒柳さんは幼い頃、ちょっと変わった女の子だったため、先生から迷惑がられて、とうとう、小学校1年生の時、退学になってしまったのだそうです。

その後、黒柳さんは、「トモエ学園」に転校されたのですが、黒柳さんは、初めて会った「トモエ学園」の校長先生に、前の学校のことや、飼っている犬のこと、家族のことなど、4時間も話し続けられたそうで、それでも、校長先生は話を遮ることなく、最後まで話しを聞いてくれたのだそうです。

そして、黒柳さんの話を最後まで聞き終わった時に、

君はここの生徒だよ。

と、言ってくれたのだとか。

実は、幼いながらに、黒柳さんは、自分がみんなから疎外されていると感じられていたそうで、校長先生は、そんな黒柳さんに、何度も、

君は、本当は、いい子なんだよ。

と言ってくれたのだとか。

この言葉は、そんな黒柳さんを、いつも元気づけてくれたそうで、黒柳さんの著作で、戦後最大のベストセラーとなった、「窓ぎわのトットちゃん」は、この、「トモエ学園」の校長先生に捧げられたものなのだそうです。


絵本 窓ぎわのトットちゃん 1・2巻セット

自分を理解してくれる人と、幼いころに出会えて、本当に良かったですね。

「NHK放送劇団」に合格

その後、黒柳さんは、中学校を経て音楽学校に入ると、オペラ歌手を目指されるのですが、自分には無理だと感じたそうで、その後は、子どもに本を上手に読んであげられるお母さんになりたいと思い、「NHK放送劇団」の試験を受けられます。

というのも、「NHK放送劇団」が、素人でも1年間養成してくれるということを知り、もしかしたら、絵本の読み方を教えてくれるかもしれないと、募集に応募されたのでした。

そして、「NHK放送劇団」の面接では、

親に言ったら、こんなみっともない仕事を(するのはやめろと言われた)…

こういう世界は、騙す人が多いから、気をつけろという話を聞く

などの、失言を繰り返されたそうですが、なんと、6000人の応募者の中から、見事合格、劇団員に選ばれたのでした。

強すぎる個性を活かす

その後は、「テレビ女優第一号」として、華々しくデビューするはずでしたが、

個性が強すぎる
個性が邪魔だ

と言われ、初めの一年間は、役を降ろされてばかり。

しかし、そんな黒柳さんに転機が訪れます。

1954年、ラジオ番組「ヤン坊ニン坊トン坊」が開始するにあたり、子どもの声で話せる大人の俳優を、NHKが初めてオーディションし、黒柳さんは見事合格したのです。

それで、黒柳さんは、もう降ろされたくないと、劇作家の飯沢匡さんに、

個性をなんとかしますから

と言ったそうですが、飯沢さんが言った言葉は、

いや、君の個性がいいんです

この言葉に勇気づけられ、自信を取り戻した黒柳さんは、それから4年後の1958年には、当時では異例の、25歳の若さでの「第9回NHK紅白歌合戦」の紅組の司会者を務めることとなったのでした。

ニューヨーク「メアリーターサイ演劇学校」に留学

そんな黒柳さんは、1971年には、ニューヨークの、「メアリーターサイ演劇学校」
に留学。

黒柳さんは、テレビやラジオで、俳優たちと共演を重ねるにつれ、その存在感やお芝居の上手さに感銘を受けたそうで、なぜこんなにお芝居が上手なのだろう、と考えた結果、俳優たちには舞台の経験があることが分かったのだとか。

そこで劇団に入ろうと、一念発起されたのですが、なぜ、ニューヨークを選ばれたのかは、分かりませんでした。
ただ、英語やお芝居だけではなく、生き方も学ばれたということで、とても貴重な体験をされたようですね。

徹子の部屋

そして、1976年には、40年以上たった現在もまだ続いている黒柳さんの冠番組「徹子の部屋」が放送を開始。

この番組は、当時、日本初のトーク番組だったそうで、黒柳さんは、放送開始にあたって、テレビ朝日に、

・スタッフの入れ替えをしないこと
・編集をしないこと(撮って出しの手法)

という条件を出されたそうです。

(実際には、プロデューサーやディレクターは、入れ替わっているそうですが)

ちなみに、「編集をしないこと」の理由は、

「ゲストのありのままの姿を引き出すため」

「番組の質の低下を防ぐため(帯番組を編集するのは多大な労力がかかる)」

「『ここをカットしてほしい』『ここを残してほしい』と編集に関する意見が衝突するのを防ぐため」

で、黒柳さんは、そのことについて、

一切編集をしない。ほぼ生放送の状態。だから皆さん本心を話してくれるんでしょう。

と、語っておられます。

実際、これだけの長期間に渡って番組が続いているのは、黒柳さんのおっしゃる通りでしょう。

また、お母さんのような黒柳さんの前では、みんな本当のことを話してしまうのかもしれませんね。

ザ・ベストテン

黒柳さんといえば、「徹子の部屋」のほかには、1978年の番組スタートから最終回の1989年まで司会を務められた、歌番組「ザ・ベストテン」

「ザ・ベストテン」は、レコード売り上げ、有線放送リクエスト、ラジオ放送リクエスト、番組に寄せられたハガキのリクエスト、を合わせてポイント制で決定された、毎週上位10曲を発表するという歌番組だったのですが、


「ザ・ベストテン」より。久米宏さんと黒柳さん。

黒柳さんは、放送開始時に、

本当に1位でない人を、1位と言わせないでください。

と、ランキング操作拒否の姿勢を打ち出されていたそうで、

TBSプロデューサーの、故・山田修爾さんも、黒柳さんの真っ直ぐな姿勢に、番組終了までの12年間、その約束を守り抜かれたそうです。

世界ふしぎ発見

また、黒柳さんは、1986年からは、クイズ番組「世界ふしぎ発見!」に出演されています。


「世界ふしぎ発見!」より。(左から)黒柳さん、
野々村真さん、草野仁さん、出水麻衣さん。

黒柳さんは、勉強のために、この番組に出演することを引き受けられたそうで、

黒柳さんが中学に入る頃、日本はちょうど戦争が終わり、そのどさくさに紛れて、何も勉強していないまま、学校生活が終わってしまったそうで、そのことをずっと気にされていたのでしょう。

黒柳さんは、インタビューで、

勉強するために(世界ふしぎ発見の)出演を引き受けたんですからね。歴史がわかってないのでね。とにかく勉強するとか、一応努力している。

ともかく自分でしないことにはね、当たり前のことだけれど。

と語っておられました。

恋人は?結婚は?

そんな黒柳さんの気になるプライベートなのですが、

黒柳さんは、一度も結婚されたことはなく、独身を貫いておられます。

これまで、ご自身の恋愛については、多くを語らなかった黒柳さんですが、2017年、テレビ番組「一周回って知らない話 黒柳徹子に失礼な10連発SP」で、なんと、40年交際した外国人の恋人がいたことを告白され、大きな話題となりました。

黒柳さんの話によると、黒柳さんがニューヨークに留学されていた38歳の時、その外国人の彼(42歳)と知り合われたそうで、彼から、

一緒にパリに来てくれないか

と、言われたそうですが、仕事を辞める決断ができなかった黒柳さんは、遠距離恋愛をすることに。

帰国後は、FAXで連絡を取り合い、忙しい仕事の合間をぬって彼に会いに海外へ行かれるなど(年に1~2度)、以降40年に渡り、遠距離恋愛をされていたのですが、2012年に彼がスイスで亡くなったことで終焉となってしまったのでした。

黒柳さんは、その後、恋愛らしい恋愛はしていないそうですが、

良い恋愛をすると、別れても、その人が死んでも、いつまでも生きていくことができる

と、語っておられました。

そして、そのお相手ですが、黒柳さんはその名を明かされていないものの、ブルガリア人のピアニスト、アレクシス・ワイセンベルク(Alexis・Weissenberg)さんではないかと言われています。

というのも、1982年に、ワイセンベルクさんが来日された際、黒柳さんとワイセンベルクさんが頬を寄せ合い、
仲睦まじく歩く姿がフォーカスされており、結婚するのではと、噂されていたことがあったのです。

ちなみに、この来日時、ワイセンベルクさんは「徹子の部屋」にもゲスト出演されていたとのことです。

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ポールマッカートニーの公演で刺激

ところで、黒柳さんは、ポールマッカトニーの公演を見に行かれた際、

生き長らえた者の使命、結局、自分でなんとかしなきゃいけないんだ、って分かったんです。

生き長らえた者の使命というと、なんだか変だけど、長生きしちゃうと、誰でもそうしなきゃ、なんとかしなきゃ駄目だと思うんです。

残された者の務めというものは、人から見た時に、元気そうとか、明るいとか、やさしいとか、おもしろいとか、かっこよくとか、なんとも形容しがたいんですけど、何かそういうものがなきゃ、駄目だなあって思うんです。

と、思われたそうで、黒柳さんの、明るく、楽しいキャラは、こういう生き方を意識されているからこそ、なのですね。

黒柳さんは、2015年にも、「NHK紅白歌合戦」の総司会者を務められているのですが、リハーサルの待ち時間には、突然、スクワットを始めたそうで、

その場にいた白組と紅組の司会者だった、井ノ原快彦さんと綾瀬はるかさんも、一緒になって、スクワットを始められたのだとか。

2019年で86歳になる黒柳さんですが、まだまだ、お元気な姿を見せていてほしいですね♪

応援しています!!

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