1960年11月には、恋人だったアストリッド・キルヒャーさんと婚約し、画家として生きていくべく「ビートルズ」を脱退した、スチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)さんですが、人生これからというこの頃から、激しい頭痛に襲われるようになったといいます。

「スチュアート・サトクリフはビートルズを脱退し画家に専念していた!」からの続き

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ビートルズの2度目の独ハンブルク公演に即興で演奏

1960年11月に恋人のアストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)さんと婚約すると、同年の終わり頃には、アストリッドさんの自宅の屋根裏部屋をアトリエに改装して同棲をスタートしたスチュアートさんは、

1961年2月末に一旦イギリスに帰国し、翌月の3月15日には独ハンブルクに戻って、アストリッドさんと必要な行政手続きを済ませたそうです。

そして、1961年3月27日には、2度目のハンブルク公演をするために戻ってきた「ビートルズ」の演奏を、アストリッドさんとともに楽しみ、また、スチュアートさん自身も即興で演奏するなど、久しぶりの4人との再会を喜んだのだそうです。

激しい頭痛に苦しめられるも原因不明

しかし、スチュアートさんは、この頃(春~夏)から、次第に体重が減り、頭痛とめまいに悩まされるようになっていったそうで、スチュアートさん本人は過労のせいだろうと思い、アストリッドさんも勉強のし過ぎだろうと軽く考え、それほど気にかけていなかったそうですが、

1961年の終わり頃には、ハンブルク芸術大学のクラスで、突然、意識を失って倒れ、自宅に連れて帰られたそうで、

(それでも、絵画の制作に没頭していたいことから、次の日には大学に復帰したそうです)

心配したアストリッドさんのお母さんが、スチュアートさんをあちこちの病院に連れて行ったそうです。

すると、ある医師の診断は「偏頭痛」だったそうですが、スチュアートさんたちは、この診断結果に疑問を持ったそうで、精密検査をすると、結果は異常なし。

また、別の病院では、「単なるアーティスト気質」だの「考えられないくらい稀な神経症」だの、的はずれな診断ばかりだったそうで、結局、どこの病院に行っても、原因は分からず仕舞いだったそうです。

頭痛は悪化の一途をたどっていた

そんな中、スチュアートさんの頭痛は悪化の一途をたどったそうで、気が狂いそうなほど激しい痛みや光に対する過剰反応に苦しめられ、立ったり、歩いたりするだけで、体力が消耗する状態に陥ったそうですが、

少しでも気分が良い時は、絵を描いたり、大学へ行ったりしていたそうで、症状はさらに悪化。1962年2月には、再び大学内で倒れると、アストリッドさんと暮らす自宅に運び込まれたそうで、以降はやむなく大学を中退したのでした。

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精神に異常をきたし錯乱状態に陥ることも

それでも、スチュアートさんの、何かを成し遂げたいという情熱は消えることはなく、激しい頭痛に苦しめられながらも、1日中、デッサンや絵を描いて過ごし、創作に行き詰まると、部屋の中をグルグルと歩き回っていたそうですが、

(その間にも、医者に診てもらったそうですが、相変わらず原因は分からず、一向に改善は見られなかったそうです)

頭痛の頻度はますます高くなり、時折、激しい引きつけを起こしては一時的に目が見えなくなることもあったそうで、さらには、精神不安定になり、自分で自分を痛めつけるような、錯乱状態に陥ることも。

そして、そのいらだちをアストリッドさんやアストリッドさんのお母さんにぶつけることもあったそうで、2人は懸命にスチュアートさんを看病したそうですが、もはや2人の手には負えず、アストリッドさんも看病疲れで疲弊したそうで、スチュアートさんもまた、そんなアストリッドさんの姿を見て苦しんだのだそうです。

「スチュアート・サトクリフは21歳で死去!その死因とは?」に続く

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