スチュアート・サトクリフの死後アストリッドは写真家を辞めていた!


「ビートルズ」を脱退して本格的に画家に専念し始めた矢先、弱冠21歳で亡くなった、スチュアート・サトクリフ(Stuart Sutcliffe)さんですが、婚約し、すでに同棲していたアストリッド・キルヒャーさんは、その後、どのような人生を送ったのでしょうか。

「スチュアート・サトクリフの死後「ビートルズ」のメンバーは?」からの続き

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アストリッド・キルヒャーはショックが大きく葬儀を欠席していた

ジョン・レノンさんに叱咤激励され、スチュアートさん亡き後も前を向いて生きることを約束した、アストリッド・キルヒャー(Astrid Kirchherr)さんですが、やはり、スチュアートさんを失ったショックは大きく、葬儀にも出席できないほどだったそうで、

(アストリッドさんは、スチュアートさんのお母さん・ミリーさんに、そのことを謝罪する手紙を書き送っています)

一時は、うつ病になったとも言われているのですが、その後、ジョン・レノンさんら「ビートルズ」のメンバーに支えられ、徐々に立ち直っていったといいます。

ジョン・レノンはアストリッド・キルヒャーに励ましの手紙を送っていた

実際、1962年10月には、ジョン・レノンさんが、リヴァプールの自宅からアストリッドさん宛に、

そう、僕だよ、ジョン・ウィンストンだよ(ウィンストンはジョンさんのミドルネーム)

(と、いつものように軽快な口調で始まるも、一転して)

あなたがとても悲しんでいて、自分のことがわからなくなっているのは本当に残念です。シン(当時のジョンさんの妻)、私、そして他のビートルズも、あなたのことをいつも同じように思っていることを知っておいてください。

あなたはいつも私たちにとってスチュアートのアストリッドだよ

と、アストリッドさんに励ましの手紙を書き送っています。

アストリッド・キルヒャーは写真家を辞めていた

こうして、アストリッドさんは、スチュアートさんが亡くなった後も、「ビートルズ」との交流は続き、1964年には、フリーランスの写真家になり、「ビートルズ」の写真を撮り続けるのですが、1967年以降はほとんど写真を撮っていません。

というのも、アストリッドさんは、

どの雑誌や新聞も私にもう一度ビートルズを撮って欲しいと言ってきたわ。私の昔の写真を欲しがっていたの。他の作品は見向きもされなかった。

60年代の女性写真家が認められるのは、とても大変なことだった。結局、私は写真家の道を諦めたの。

と、語っています。

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アストリッド・キルヒャーも2020年に81歳で他界

そんなアストリッドさんは、写真家を辞めた後は、スタイリストやインテリアデザイナーをしていた時期もあったそうですが、1998年には、友人のウルフ・クルーガーさんと共に写真店兼代理店エージェンシー「K&K」をオープンし、数多くの写真や本の展覧会を開催しています。

(2010年には、写真集「Astrid Kirchherr: A Retrospective (Victoria Gallery and Museum)」も出版しており、その中には、大西洋のテネリフェ島で休暇をとる「ビートルズ」や、映画「A HARD DAY’S NIGHT」撮影中のスナップなど、これまで未公表だった写真も含まれているそうです)

また、プライベートでは、2度結婚するも、子供は出産しておらず、アストリッドさんは、2010年、アメリカ公共放送NPRで、

彼(スチュアート)は昔も今も変わらず、私の最愛の人です

と、語っています。

(そんなアストリッドさんも、2020年5月13日、81歳で他界されています)

「スチュアート・サトクリフの死後のジョンとポールは?」に続く


Astrid Kirchherr: A Retrospective (Victoria Gallery and Museum)

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