2015年4月17日、夫・愛川欽也さんの密葬以降、自宅に引きこもったままだった、うつみ宮土理(うつみ みどり)さんは、同年5月10日、ついに、会見を開くのですが・・・終始、ケンカ腰で、報道陣を困惑させたといいます。

「うつみ宮土理は夫・愛川欽也の前妻の子供らと遺産相続争いしていた?」からの続き

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「キンケロシアター」で会見を開くも・・・

うつみさんは、2015年5月10日、ついに、沈黙を破り、

一度もごあいさつをしていなかったので、どこかでごあいさつをしなくてはと思って

と、「キンケロシアター」で、愛川さんの遺影を横に置き、会見を開くのですが、

冒頭の挨拶が終わり、報道陣から質疑応答が始まると、報道陣の質問に対し、涙ながらに感情を高ぶらせ、ケンカを売るような対応だったといいます。

(会見には、民放各局からNHKまで、100人近くの報道陣が集まり、民放のベテランリポーターが勢揃いしていたそうです)


激やせして目が落ちくぼみ、憔悴しきった様子のうつみさん。

終始感情を高ぶらせケンカ越しの会見だった

その内容はというと、(うつみさんが、愛川さんの最期について、自身の介護と医師の往診を受けて自宅療養していたと語ったことから)女性リポーターが、最期の病床の様子を聞くと、

そういうことは言えますか? 私が。悲しすぎて、そんな質問は酷です

と、突然、目の色を変えて怒り、

37年の結婚生活で一番幸せだったことは?

という他愛のない質問に対しても、

全部です!

と、語気を強めながら答え、

「どうして入院させなかったのか?」という男性リポーターの質問には、

当たり前だからです!

と、返答。

さらに、「愛川さん本人の意思を聞いたのですか?」と聞かれると、

何も聞いてません

と、きっぱり否定し、

愛川が家が好きって知っていたからです。病院に行ったら治るんですか?愛川が家が好きってわかっていたし、私の隣が好きってわかっていたから。

家に来てくれるお医者さんと一緒にがんばっていました。手を握ってずーっと、手を握ってずーっと

と、いうものだったそうです。

見かねた関係者が30分の予定を20分で打ち切っていた

また、愛川さんが亡くなった後の心境について、女性リポーターが「どうでしたか?」と質問すると、

どうでしたか?って、亡くなってるんですよ!それって、そういう質問ができるって、幸せな方ですね。そういう悲しさを経験したことがないから、幸せですね

と、ケンカ腰。

そのほか、「愛川さんはよく(自分たち夫婦の関係を)同志と言ってらっしゃいましたが」という他意のない質問に対しても、

あれは男の人の表現で、同志でもなんでも、私はキンキンといられさえすればいいんですから

と、つっかかり、

「大きな支えを亡くされた今・・・」と問いかけられると、

私に支えがないと思ってらっしゃるんですか?

と、最後までつっかかったそうで、

ついに、見かねた関係者が30分の予定を20分で打ち切ったのだそうです。

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夫・愛川欽也の死の悲しみが全く瘉えていなかった

ちなみに、うつみさんは、

看病しているときは横に連れ添って手をつないでいた。その手が弱くなって、旅立ってしまった

こんなに人生で悲しくてつらくてさみしくて愛おしくて、一緒に天国に行ってしまいたいと何度も思った

とも、語っていたほか、いまだ、愛川さんの遺骨を抱いて寝ていることを明かすなど、悲しみがまったく瘉えてない様子だったそうで、

さすがのベテランリポーターたちも、言葉の選択にはかなり気を遣ったとのことでした。

「うつみ宮土理は夫・愛川欽也の納骨堂の参拝客立入を拒否していた!」に続く

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