戦争ムードが色濃くなって、信州（長野県）に学童集団疎開させられ、来る日も来る日も、不味くて質素な食事に耐えかねていたという、愛川欽也（あいかわ きんや）さんは、ついに、疎開先を脱走し、一人で汽車に乗って東京に戻ったといいます。
空腹に耐えかねリンゴを盗んで食べたことも
学童集団疎開の間は、わずかなお米とさつまいもをぶつ切りにして味噌と塩で煮込んだだけの雑炊の毎日に、空腹で耐えかねていたという愛川さんですが、
ある日、学校からの帰り道、ぼんやりと空を見ながら歩いていると、ふと、農家の家の庭先にある小屋の屋根の上に、竹で編んだゴザが敷かれ、そのうえに輪切りにしたリンゴがたくさん並べて干してあるのが見えたそうで、
引き寄せられるように屋根に近づいて行くと、甘い匂いが空気と一緒に鼻から入ってきたことから、夢中で柵を越え、そばに置いてあった箱を積んで屋根に登り、リンゴを一切れつかんで口の中に放り込んだそうです。
（りんごは、甘酸っぱくておいしかったそうです）
そして、たまらず、もう一枚食べようとすると・・・
その時、
こら！どろぼう！
と、大きな声がしたことから、びっくりして屋根から転がり落ちて垣根の上を転がり、道の前に倒れたそうですが、必死で起き上がり、無我夢中で逃げ続けたそうで、なんとか逃げ切ったそうです。
（その後、小さな境内に入り、太いけやきの木の裏にしゃがみこんだそうですが、そこで、初めて、右足のズボンの膝が擦り切れて膝から血が吹き出ていることに気がついたそうで、逃げてきた方向をのぞくと、誰もいなかったため、しばらくしてから、そこを離れてあぜ道に出て、痛いほど冷たい小川の水で、怪我をした部分を洗ったそうです）
疎開先を脱走し一人で汽車に乗って東京の家に帰る
すると、その夜には、（バチが当たったのか）ひどい下痢に襲われたそうで、汚れたパンツを友達に見つからないように洗濯場で洗ったそうですが、東京に帰りたい、母に会いたいと、思わずにはいられなかったそうです。
それからというもの、毎日、毎日、東京に帰りたい、東京に帰りたい、と思い続けていたそうですが、ついに春が来る少し前、東京に帰ることを決意すると、
荷物は捨ててください。お世話になりました。僕は東京に帰ります
と、先生の部屋に手紙を忍ばせ、上田の駅から夜汽車に乗ったのだそうです。
（ちなみに、夜汽車は静まり返っており、乗客たちも子供の一人旅に無関心だったそうで、愛川さんには気楽な旅となったそうです）
母親と再会を喜び二度と離れないと誓う
そして、翌日、汽車が上野に着き、山手線に乗り換えて巣鴨で降り、無事、家にたどり着き、
母さん、ただいま
と、ガラガラと玄関のドアを開けると、
びっくりして奥の部屋から飛び出してきたお母さんに、思わずしがみついて泣いたそうです。
（昨日の昼から飲まず食わずだったため、空腹と喉の乾きで足がガクガクと震え、涙も止まらなかったそうです）
すると、お母さんもまた、戦争中にもかかわらず、息子が信州からたった一人で汽車に乗り、巣鴨に帰ってきたことが、切なくてたまらず、一人にさせたことを何度も謝りながら泣いていたそうで、二人は再会を喜び、お互い、もう二度と離れ離れにならないと心に誓ったのだそうです。
（愛川さんは、疎開する時、お母さんにお金を持たされていたそうです）
