1989年に日本テレビを退社し、フリーになると、以降、バラエティ番組や情報番組の司会を中心に活躍を続けてきた、徳光和夫(とくみつ かずお)さんですが、実は、日本テレビ入社当初はダメアナウンサーの烙印を押されていたといいます。

「徳光和夫が日本テレビを退社した理由とは?」からの続き

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日本テレビ入社当初はダメアナウンサーの烙印を押されていた

ニュース番組「NNNニュースプラス1」の初代キャスターに起用されたことをきっかけに、フリーになったという徳光さんですが、実は、日本テレビに入社したばかりの頃には、ニュース原稿に国家予算「5円」(本当は5兆円で「兆」が抜けていた)と書かれているのを、「今年度の国家予算は5円です」と、そのまま読んで、大ひんしゅくを買ったことがあったそうで、

(「国家予算5円」ということに何の疑問も沸いてこないほど、ニュースに関心がなかったのだそうです)

それ以来、ダメ・アナウンサーの烙印を押され、アナウンサーなのに漢字が読めないと見下され、すべての漢字にルビが振られるようになり(漢字は得意だったため、そのことに屈辱も感じたそうです)、「NNNニュースプラス1」の司会に起用されるまで、実に20数年間、ニュースを読ませてもらえなかったのだそうです。

嫌いだったニュース番組の経験を糧にしていた

そんなこともあり、ニュース番組に良い思い出はなく、好きではなかったそうですが、それでも、毎日、ニュースを猛勉強できたことや、ゴルバチョフとブッシュの首脳会談、チェコの民主化革命、湾岸戦争を現地取材できたことなど、貴重な経験をさせてもらったことは、ありがたく思っているそうで、

徳光さんは、前向きに携わってこれたことについて、

まずは自分から積極的に「好き」になれたことですね。最初は嫌だなあ、となりますけど、ほんの些細なことでも面白さを見つけてしまえば、自分の中で可能性が広がっていきます。

シンプルですけど「好きだ」という気持ちは人間を動かすパワーですし、キザな言い方をすれば人生を切り開く原動力になるのではないでしょうか。

世間的には私の人生は順風満帆に映るのかもしれませんが、自分の思い通りに進んだことはまずなかった。私も一介のサラリーマンでしたし、しかもダメなことばかりの不届き者。

だからこそ、他人の下積みや苦労話に接すると、人一倍共感して涙するし、応援もしたくなる。いたって単純な親父です。「明るく、一生懸命」、それでこんな私でも何とか切り開いてこられました。要は気の持ちようだと思います。

と、語っています。

バラエティ、クイズ番組のメイン司会者で活躍

さておき、1989年に日本テレビを退社し、フリーとなった徳光さんは、その後も、引き続き、ニュース番組「NNNニュースプラス1」を1991年3月まで続けつつ、

1990年「クイズダービー」
     「徳光のTVコロンブス」(1995年から「徳光和夫の情報スピリッツ」)
1993年「夜も一生けんめい。」(1994年から「夜もヒッパレ一生けんめい」)
     「ウェディングベル」


「クイズダービー」の収録後、前司会者の大橋巨泉さんと握手する徳光さん。(左から)北野大さん、井森美幸さん、徳光さん、巨泉さん、竹下景子さん、はらたいらさん。

1995年「世界ウルルン滞在記」(2008年から「世界ウルルン滞在記2008」)
     「速報!歌の大辞テン」
1996年「The・サンデー」(2008年から「ザ・サンデーNEXT」)
2004年「幸せって何だっけ ~カズカズの宝話~」
2006年「徳光和夫の感動再会”逢いたい”」


「徳光和夫の感動再会”逢いたい”」より。(左から)安東弘樹アナ、天野ひろゆきさん、徳光さん、加藤晴彦さん。

と、立て続けに、大好きなバラエティ番組や情報番組のメイン司会を担当。

また、2010年夏には、自身初のラジオの生放送番組「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」がスタートすると、毎週土曜日、第一部と第二部を合わせて約6時間もの長丁場を取り仕切っています。

(2015年からは第一部のみとなり、約2時間半となっています)

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「24時間テレビ」の司会ほか地上波レギュラーを全て降板

そんな徳光さんも、2011年になると、地上波のレギュラー番組を全て降板し、1978年から続いていた「24時間テレビ」の総合司会も退くなど、徐々に仕事を減らすのですが、

同年には、70歳にして「24時間テレビ」のチャリティーマラソンに参加し、憧れの長嶋茂雄さんがサプライズゲストとして応援に駆けつける中、スタートすると、翌日には見事ゴール。

また、その後も、引き続き、BS番組やラジオ「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」ほか、ゲスト出演、特別番組、「AKB48選抜総選挙」の司会、CM出演等は続け、2016年には、「日本レコードマネジメント」の40周年記念式典の司会も務めています。

「徳光和夫はAKB発言で大バッシングを浴びていた!」に続く


長嶋茂雄さんがサプライズ登場し、号泣する徳光さん。

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