1966年11月9日、個展「未完成の絵画とオブジェ(Unfinished Paintings and Objects)」に先立ち、ロンドンのインディカ・ギャラリーで開催した内覧会で、「ビートルズ」のジョン・レノンさんと出会った、オノ・ヨーコさんは、すぐに共感し、交際に発展するのですが、当初は、お互い配偶者がいるダブル不倫の関係でした。

「オノ・ヨーコとジョン・レノンの馴れ初めは?」からの続き

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ジョン・レノンと共にアーティスト活動を行うように

1966年11月9日に開催した、個展「未完成の絵画とオブジェ(Unfinished Paintings and Objects)」の内覧会で、「ビートルズ」のジョン・レノンさんと出会い、すぐに共感したオノさんは、やがて交際するようになると、

翌年の1967年には、ジョンさんのサポートにより、ロンドンのリッスン・ギャラリーで、個展「ハーフ・ア・ウィンド・ショー(”Half-A-Wind Show”)」(すべてのオブジェが半分の形で展示された個展)を開催するほか、その後も、オノさんとジョンさんは、共に前衛的な音楽活動やパフォーマンスを行うようになり、

1968年には、アルバム「「未完成」作品第1番:トゥー・ヴァージンズ(”Unfinished Music No.1: Two Virgins”)」、パフォーマンス「ドングリ・イヴェント(”Acorn Event) 」を発表するなど、精力的に活動します。

不倫現場をジョンレノンの妻シンシアに目撃されていた

とはいえ、オノさんには、2人目の夫・アンソニー・コックスさんとその間に出来た娘・キョーコさん、ジョンさんには、妻・シンシアさんと息子・ジュリアンさんがおり、二人はダブル不倫の関係。

そんな中、1968年5月、ジョンさんが、シンシアさんに、友だちとギリシャで休暇を取るように勧め、その留守中に、オノさんがジョンさんの自宅を訪れ、一緒に過ごしていたそうですが、

数日後、予定より早く帰ってきたシンシアさんが、オノさんとジョンさんが一緒にキッチンで座っているところを目撃したことで、同年、ジョンさんとシンシアさんは離婚となります。

(後にシンシアさんが語ったところによると、オノさんは、シンシアさんのバスローブを着て、ジョンさんと一緒にキッチンの床に足を組んで座っていたそうです)

実は、ジョンさんは、オノさんと知り合う前から、たくさんの女性と関係を持っていたそうで、シンシアさんはそのことを知りつつも、そのどれもが一時的なもの(つまり、単なる浮気)だろうと、目をつむっていたそうですが、オノさんには完全に魂を奪われていると感じ、離婚を決意したのだそうです。

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2人目の夫アンソニー・コックスと離婚すると娘のキョーコにも断絶される

一方、オノさんも、1969年2月2日には、2人目の夫のアンソニー・コックスさんと離婚すると、娘のキョーコさんの親権を取ろうと法廷闘争するのですが、

当時、まだ5歳ながら、母親の身勝手さを感じ、また、そのことが愛情深いお父さんを苦しめていることを理解していたキョーコさんに、「あなたにはもう会いたくない」と言われ、完全に連絡を絶たれてしまったでした。

「オノ・ヨーコとジョン・レノンの「ベッドイン」とは?」に続く

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