山口百恵さんから依頼され、作詞した「横須賀ストーリー」が大ヒットとなった、阿木燿子(あき ようこ)さんですが、実は、この「横須賀ストーリー」、当初は山口さんのオリジナルアルバム「17歳のテーマ」に収録されるはずが、外されており、ボツになったとがっかりしていたといいます。

「阿木燿子が若い頃は山口百恵に提供した「横須賀ストーリー」が大ヒット!」からの続き

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「横須賀ストーリー」の歌詞の意味

依頼された当初は、年代が違う山口百恵さんの歌詞作りに途方に暮れるも、やがて、山口さんの出身地と自身の両親が住む場所が、同じ神奈川県・横須賀市との共通点に気付いたという阿木さんは、さっそく、横須賀を舞台に、ある男女のストーリーを描いていくと、

逢うたびに、いつも煮え切らない態度を取る男性。「私って、都合のいい女なのかな・・・」だけど、面と向かっては聞けない。そんな辛い恋をしている女性の心のつぶやきが、サビのこの歌詞になりました。

と、あの有名なフレーズ「これっきり これっきり もう これっきりですか」が誕生したそうで、

作曲を担当した夫の宇崎竜童さんと相談して、このサビにはインパクトがあることから、曲の頭に持ってこようということになり、「横須賀ストーリー」が完成したそうです。

「横須賀ストーリー」は山口百恵のアルバム「17歳のテーマ」に収録されるはずだった

ただ、収録されるはずだった山口さんのアルバム「17歳のテーマ」(1976年4月)には、この曲だけが入っていなかったそうで、

(阿木さん&宇崎さん夫妻は、「横須賀ストーリー」以外にも、「木洩れ日」「碧色の瞳」「幸福の実感」を制作しており、この「17歳のテーマ」というアルバムに収録されていたそうです)

阿木さんは、

ああ、没(ボツ)になったんだな

と、思っていたそうですが、

それから約1ヶ月後、「横須賀ストーリー」が新曲としてシングルカットされて発売されるという報せが届いたそうで、とてもびっくりしたそうです。


17歳のテーマ

ちなみに、アレンジを担当した、編曲家の萩田光雄さんは、

あのときは、宇崎竜童さんが『17才のテーマ』というアルバム用に4曲用意して、同時に作っていきました。

ただ、『横須賀ストーリー』だけがイメージが違ったんです。それでスタッフもみんなギョッとして、アルバム用から外し、シングルとしてリリースを少し遅らせたんですよ

当初はディレクターからの指示というか、いろんなバリエーションがあったんです。ただ、イタリアのイメージということでサックスを入れたりしたの

と、語っています。

(萩田さんは、宇崎さんから、イタリア映画「太陽の下の18才」のサントラ曲「サンライト・ツイスト」のイメージで作ったと聞いていたそうです)

山口百恵の歌う「横須賀ストーリー」を絶賛

ところで、阿木さんは、山口さんが「横須賀ストーリー」を歌うのを初めて聴いた時、想像以上に、大人っぽい仕上がりになっていて、感心したそうで、

百恵さんは、こちらが1書いたことを、10にも100にも拡げてくれる。どんな女性も演じられますし、歌のうまい歌手はたくさんいますが、こんなに表現力のある歌手には滅多にお目に掛からないです。百恵さんと出逢えたのは、作詞家冥利に尽きますね

と、山口さんを絶賛しています。

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「横須賀ストーリー」の大ヒット以降は作詞に切迫感を感じるようになっていた

一方、阿木さんは、この「横須賀ストーリー」の大ヒット以降、自身の突然の変化に戸惑いと不安を感じ、常に締め切りが近付く度に、まるで生死を問われるような切迫感を感じるようになったそうで、

(締切に間に合わずに周囲から厳しい視線が注がれ、オロオロしている夢を何度も見るそうです)

夫の宇崎さんも、

(阿木さんは、もともと作詞家志望ではなかったことから、今でも、「詞を書くのはつらい」と話すこともあるそうで)彼女の場合、祈るように書いている。もちろん自分のなかにあるものを絞り出しているところもあるんだけれど、降ってくる言葉を待って、その言葉をキャッチするために祈っているんじゃないでしょうか・・・

祈って待つというのは、けっこうストイックな行為だと思うんです。『書くぞ!』と決めてから書き終えるまで、彼女のなかにはものすごく濃密な時間が流れていて、僕すら寄せ付けない。さながら修験僧みたいなたたずまいがあります

と、語っています。

「阿木燿子&宇崎竜童夫妻と山口百恵&三浦友和夫妻は現在も親交!」に続く

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