1969年、35歳の時、当時、大蔵官僚だった相澤英之さん(当時50歳)と結婚すると、1976年、相澤さんが衆議院議員選挙で旧鳥取全県区から立候補した際には、相澤さんの選挙活動をサポートするなど、良好な夫婦仲を築くも、なかなか夫婦二人でゆっくりする時間は取れなかったという、司葉子(つかさ ようこ)さんですが、2019年には、相澤さんが99歳で「肺炎」のため他界します。

「司葉子は当初は相澤英之からのプロポーズを受けるか迷っていた!」からの続き

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夫・相澤英之とはおしどり夫婦だった

相澤さんが衆議院議員選挙に立候補した際には、一時、女優活動を休業し、相澤さんの政治活動をサポートするものの、基本的には、変わらず、女優業を続けていた司さんは、

当時の私が理想としていた夫婦像は、経済的にも精神的にも自立し、それぞれ自分の仕事に邁進する、サルトルとボーヴォワール(どちらもフランスの哲学者)のような関係でした。

その思いに夫が賛同してくれたおかげで、私は家庭に入っても、女優の仕事に打ち込むことができたのだと思います。

と、語っており、

2018年には、共著「相沢英之と司葉子 人生100歳「一日生涯」夫婦で長生き、笑顔で生きる“100の知恵”」を出版するなど、夫婦仲は順調だったそうですが、

相澤さんは、政界を離れた後も、84歳で弁護士の資格を取ったり、大学の学長を引き受けるなど、変わらず精力的に仕事を続けていたことから、なかなか夫婦二人でゆったりした生活は送れなかったそうです。


相沢英之と司葉子 人生100歳「一日生涯」夫婦で長生き、笑顔で生きる“100の知恵”

夫・相澤英之が99歳で他界

そんな中、2019年4月4日午前6時45分、相澤さんが99歳で「肺炎」のため他界すると、悲しみに打ちひしがれたという司さんですが、

追い打ちをかけるように、その1ヶ月後には、相澤さんの連れ子で長男の英孝さん(法学者で一橋大学名誉教授)も血液の病気で他界。

その後も、大阪で暮らしていた実姉、高校時代からの親友・小林比奈子さんと、2年間で、周囲の大切な人が次々と他界したそうです。

(小林比奈子さんは司さんが映画界に入ってからずっと付き人をしてくれ、どこへ行くのも一緒で、撮影現場への送り迎えや仕事に関する雑務だけではなく家事もすべて担ってくれていたそうで、亡くなったときには、自分の身体の一部を奪われてしまったように感じたそうです)

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大切な人が次々と他界しショックで体調を崩し入院していた

そのショックから、体調を崩し、入院していたこともあったという司さんですが、

入院中は、

あの家で、この先一人で暮らしていけるのだろうか

と、不安に襲われる日々だったといいます。

というのも、自宅は、もともと司さんの家を建て増ししたもので、一人で住むにはあまりにも広いうえ、家具なども多く、さらには、広い庭の植木の世話をできるとは思えなかったのだそうです。

ただ、退院した日に病院から直行した美容院で、雑誌を見ていると、「2020年は生涯で最高の一年になります」と書いてあったそうで、それを見た瞬間、すっと心が晴れ、なにか救われたような感じがしたそうで、このことがきっかけとなり、少しずつ体調が良くなっていったのだそうです。

「司葉子の夫・相澤英之の書庫(数万冊)が凄すぎる!」に続く


相澤英之さんと司さん。

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