現役を引退してアメリカに帰国した後も、日本野球界(特に阪神愛)への愛は変わらず、複数回来日していた、ジーン・バッキー(gene bacque)さんは、阪神で活躍していたランディ・メッセンジャー投手とも交流を持つようになると、メッセンジャー投手がバッキーさんが持つ外国人投手球団最多勝記録(100勝)を塗り替える時、直接祝いたいと、再来日を熱望していたそうですが、ついに叶わぬまま、2019年9月14日、他界されます。

「ジーン・バッキーは晩年ランディ・メッセンジャーと親交を持っていた!」からの続き

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「日本プロ野球外国人OB選手会」(JRFPA)のプロモーションで再来日する予定だった

バッキーさんは、メッセンジャー投手がバッキーさんが持つ外国人投手球団最多勝記録(100勝)を塗り替える時、直接祝いたいと、(1996年以来の)再来日を熱望していたそうで

バッキーさんが名誉会長を務めていた、外国人OBと日本のファンをつなぐ「一般社団法人 日本プロ野球外国人OB選手会」(JRFPA)の創設者であるウィリアム・ブルックスさんによると、2019年9月には、バッキーさんは来日予定だったといいます。

(昔のチームメイトである、吉田義男さんや小山正明さんらとプロモーション活動を行うことになっていたそうです)

来日の願いが叶わぬまま右総腸骨動脈瘤の手術後の合併症により死去

また、バッキーさんは、2018年、取材に訪れた記者に対し、阪神時代の思い出を楽しげに語っていたそうですが、

ふと、

あぁ、いろいろな話をしていると、日本に行きたくなってしまう。でも、本当は日本のことを思い出すのは少し、辛いことなんだ。勘違いしないでほしい。全てが素晴らしい経験だった。本当に楽しかった。

でも、その楽しい思い出の中には、常に僕のオクサンがいる。だから、日本のことを思い出すと、(2011年に)亡くなったオクサンのことも思い出して少し寂しくなる。だから日本のことを話していると、楽しいはずなのに、なぜか涙が出てしまう。

可能なら、この目でもう一度、甲子園を見てみたい。日本に行って、お世話になったすべての人にお礼を言いたい。小山(正明)さんや王(貞治)さんにもう一度、会いたい。吉田(義男)さんは元気かな・・・。

と、漏らし、涙を流していたといいます。

しかし、その願いは叶わず、右総腸骨動脈瘤の手術後の合併症により出血性脳卒中を併発すると、2019年9月14日、ルイジアナ州ラファイエット市内のホスピスにて、82歳で他界されています。(日本では時差のため9月15日に報道)

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ジーン・バッキーの訃報に接した王貞治のコメント

ちなみに、バッキーさんが会いたがっていた王貞治(ソフトバンク球団会長)さんは、

バッキーさんの訃報に接し、

優勝争いでジャイアンツの前に立ちはだかった阪神の強力なエースの1人でした。コントロールもよく変化球も多彩で大変打ちにくい投手でした。謹んでご冥福をお祈りします

と、コメントしています。

「ジーン・バッキーはメッセンジャーの引退表明翌日に死去していた!」に続く

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