当初は中日残留の考えが、一転、FA宣言し、長嶋茂雄監督の熱い想いに応える形で、巨人へ移籍した、落合博満(おちあい ひろみつ)さんですが、キャンプでは、巨人のあまりにも少ない練習量に驚いたといいます。

「落合博満は長嶋茂雄の熱烈オファーで巨人に移籍していた!」からの続き

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宮崎キャンプでは長嶋茂雄が心配するほど練習に打ち込んでいたが・・・

1993年オフ、巨人にFA移籍した落合さんは、翌1994年、巨人1年目は、正月明けから和歌山県太地町で例年より早い自主トレを開始すると、2月、巨人での初めての宮崎キャンプでは、初日、いきなりノックやランニングで汗を流し、2日目には、原辰徳選手と組んでペッパー打撃もこなしており、

(室内練習場では吉村禎章選手に打撃のアドバイスを送ったり、篠塚選手とは笑顔でバッティング談議を交わしていたそうです)

そんなハイペースな調整に、長嶋茂雄監督は、「前半は“オレ流”で結構なのにねえ」と心配しています。

(実際、キャンプでの落合さんの守備練習は鬼気迫るものがあったそうです)

巨人キャンプの甘さに驚いていた

ただ、落合さんは、書籍「激闘と挑戦」で、

ジャイアンツというのは、何て練習しない球団なんだろうと思ったよね。中日が特に練習しているというわけではないけれど、それでも中日よりかなり練習しない。

我々のロッテ時代から比べれば・・・あのころはオレも若くて体が自由になったし、少々きつい練習をしてもつぶれないというのがあったけれど、あのころの半分以下、3分の1ぐらいの練習量じゃないかな

と、綴っており、

内心は、プロ16年目で迎えた巨人キャンプが甘過ぎて、驚いていたといいます。


激闘と挑戦

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巨人入団1年目の1994年はいきなり開幕・広島戦で松井秀喜とアベックホームラン

さておき、落合さんは、1994年、開幕・広島戦では、プロ2年目の松井秀喜選手とアベックホームランを放つと、斎藤雅樹投手が完封し、チームは11対0と幸先の良いスタート。

その後も、巨人は、落合さんのほか、松井秀喜さんの台頭、エース槙原寛己投手の完全試合達成などで勢いに乗り、4月は13勝6敗と開幕ダッシュに成功すると、6月28日には、2位の中日に10ゲーム差をつけて首位を独走したのでした。

「落合博満は1994年は肋骨骨折をおして試合に出場していた!」に続く

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