3~4歳の頃、初めて日本を訪れると、その後は、2年に一度、夏休みを日本で過ごすようになり、1970年、15歳の時には、お父さんの仕事の都合で、日本に移り住んだという、結城アンナ(ゆうき あんな)さんは、この年(1970年)、スカウトされてモデルの仕事を始めると、翌1971年、16歳の時には、岩城滉一さんにナンパされて交際するようになり、1976年、21歳の時には、未婚で女の子を出産したといいます。

「結城アンナは15歳の時にスウェーデンから日本に移住していた!」からの続き

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15歳の時にスカウトされモデルとして活動していた

1970年、15歳の時、一家でスウェーデンから日本へ移り住んだという結城さんは、青山通りで犬の散歩をしている時、スカウトされたそうですが、

スウェーデンでもモデルの仕事を何度か経験していたため、特に驚くことはなく、やってみようかなという軽い気持ちでモデルの仕事を始めたそうで、ファッション雑誌「anan」「リビングブック」やCMなどでモデルとして活動したそうです。


ファッション雑誌のモデルとして活動していた頃の結城さん。

16歳の時に大学生だった岩城滉一にナンパされ交際に発展していた

そして、1971年、16歳の時には、青山にあるカフェ「sara」で、大学生だった岩城滉一さんにナンパされたことがきっかけで知り合い、その後、交際に発展したそうですが、当時、結城さんはまだ日本語がよく理解できなかったそうで、

岩城さんは、出会った時の結城さんについて、

目に入れても痛くないくらい可愛いと思った。僕は日本語以外ダメ。その日本語も危うい位だから、ちゃんとコミュニケーション取れてないと思う。でも、それが良かった・・・。僕がどの程度悪いことしてるかわかってない

結城さんも、

字も読めなかったんで週刊誌に何か書いてあってもわからない

と、語っています。

夫・岩城滉一とは正反対の性格だがその違いが良いと思っている

ちなみに、結城さんは、岩城さんとはまるで正反対の性格だそうで、結城さんは、家にいることが好きで、危ないことが大嫌いだそうですが、一方、岩城さんはというと、活動的で危ないことが大好きだそうで、

この違いがむしろ良かったそうで、お互い知らなかった世界を面白く感じたことが二人の距離を縮めたのだと思っているそうです。

21歳の時、未入籍で女の子を出産していた

さておき、結城さんは、1975年、20歳の時に妊娠したそうで、このことがきっかけで岩城さんと同棲を始めると、21歳の時には、未入籍のまま、女の子を出産したそうです。

(17歳頃から一緒に暮らしていたという話も)

というのも、結城さんは、結婚願望が全くなく(結婚式にも興味がなかったそうです)、決まり事や人と同じことが大嫌いだったため、娘が生まれても入籍しなかったのだそうです。

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モデルの仕事と子育てを両立し、一家の家計を支えていた

ただ、当時、岩城さんは、まだ駆け出しの俳優で仕事がほとんどなかったため、結城さんが、「働ける人が働けばいい」と、モデルの仕事と子育てを両立し、一家の家計を支えていたそうで、そのせいか、貧乏暮らしだったそうですが、若さのせいか、とても楽しかったそうです。

そんな日々の中、結城さんは、日用品がなくなると、岩城さんにパチンコに行ってもらっていたそうで、

(岩城さんは)お金がないと言うと、どっかから持ってくるんです。お米がない、お醤油がないと言ったらパパ、パチンコ行っておいでって言うといっぱい持って帰ってくるんです(笑)

と、語っているのですが、

岩城さんも、

彼女がお金がない、何がないって言ったらそれを用意するのが僕の仕事。食えないなんてことはありえない。それは死守しないと

と、語っており、

結城さんは、そんな岩城さんのことを、

やることはめちゃくちゃなんですけど、一本線が通ってるんです

と、信頼しているそうです。

「結城アンナは60歳で30年ぶりにモデルに復帰していた!」に続く


(左から)長女のヘンリエッタさん、結城さん、夫の岩城滉一さん。

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