１９９１年１１月２２日のドラフト会議では、子供の頃からファンだったという地元・愛知の球団・中日ドラゴンズから指名されずにショックを受けるも、愛工大名電高校野球部の中村豪監督に説得され、４位指名されたオリックス･ブルーウェーブに入団したイチローさんは、オリックス入団３年目には社会現象を巻き起こすほどの大活躍をしているのですが、これに対し、中日ドラゴンズには、なぜイチローさんを獲らなかったのかと批判が殺到します。
ただ、実は、中日は、イチローさんをドラフト３位で指名するはずだったといいます。今回は、その顛末について、当時の中日ドラゴンズのスカウト・中田宗男さんの証言を交えながらご紹介します。
「イチローはドラフト4位でオリックスに指名されるも大学進学も考えていた！」からの続き
イチローは中日ドラゴンズにドラフト3位で指名されるはずだった？
中日ドラゴンズが地元・愛知のイチローさんをドラフトで指名しなかった理由について、通説では、この年（１９９１年）の春のセンバツ１回戦・松商学園戦で、イチローさんはエース４番で出場するも、５打数ノーヒット（５打席連続凡退）という成績で、愛工大名電高校も１回戦で敗退したため、スカウトの目に留まらなかったと言われているのですが、
（一方、イチローさんと投げ合った松商学園のエース・上田佳範投手は４打数３安打とイチローさんをメッタ打ちにしています）
実は、中日のスカウトはイチローさんを高く評価しており、一時は、イチローさんの３位指名がほぼ確定していたといいます。
イチローは中日ドラゴンズの東海地区担当スカウト・池田英俊氏からバッティングを高く評価されていた
中日の元スカウトの中田宗男さんによると、この年（１９９１年）にピッチングコーチから東海地区担当スカウトに転身した池田英俊さんがイチローさんのバッティングを高く評価していたそうで、
春の愛知県大会が終わった頃、球団事務所で顔を合わせた池田英俊さんに、
愛工大名電の鈴木というピッチャー、バッティングが良いんだよ。一度見てくれないか？
と、頼まれたことがあったそうです。
ただ、１９８９年１０月から岡田悦哉氏が中日のスカウト部長になってからは、
自分の担当地区の選手だけを推薦する。他の地区の選手のことに口を出さない
という不文律のようなものができていたほか、
中田宗男さんは、岡田悦哉氏と折り合いが悪かったことから、
僕が見に行くと岡田さんになんか言われますよ。そんなに良いなら岡田さんに直接見てもらったほうがいいですよ
と、やんわりと断ったそうですが、
池田英俊さんには、
お願いしても全然見てくれないんだ
と、泣きつかれたそうで、
結局、直接見には行かず、池田英俊さんが持っていた”鈴木一朗の打撃練習のビデオ”を見ることにしたのだそうです。
すると、中田宗男さんは、イチローさんに対し、
体は細いが軸がしっかりしていてすごいスイングをする選手
という印象を受け、素材として素晴らしいと思ったそうで、
池田英俊さんに、
いいじゃないですか！
と、言うと、
池田英俊さんは、
そうだろ？
と、少し得意げになったそうで、
スカウト会議では、池田英俊さんは”鈴木一朗”を強く推し、中田宗男さんも、そんな池田英俊さんの後押しをしたのだそうです。
中日ドラゴンズのスカウト・中田宗男はイチローがドラフト3位で指名されるだろうと思っていた
そして、それから、随分経ち、中田宗男さんが池田英俊さんに、
鈴木はどうなりましたか？
と、尋ねると、
上手いこといくみたいよ
という返事だったことから、
中田さんは、てっきり、イチローさんがドラフト３位で指名されるのだろうと思っていたそうです。
（ドラフト１位指名は関西学院大学の田口壮選手、ドラフト２位指名は日本生命の新谷博選手）
実は、中田宗男さんは、担当地区だった関西から、新谷博選手ともう一人、渋谷高校（大阪）の中村紀洋選手をどうしても獲りたかったそうで、池田英俊さんには申し訳ないと思いつつ、（２位か３位でないと獲れないと思っていたため）本音では３位はイチローさんではなく中村紀洋選手が欲しいと思っていたそうです。
しかし、スカウト会議で中村紀洋選手を推し続けたものの、ドラフトが近づいてきた９月になると、
スカウト部長の岡田悦哉氏に、
脚力がない選手は獲れないよ
と、はねつけられ、
それでも、中田宗男さんは、
足は遅いですが打撃は強烈です。守備も肩があってスローイングも良いです
と、中村紀洋選手を推したそうですが、岡田悦哉氏の反応は芳しくなかったのだそうです。
そこで、中田宗男さんは「脚力が…」というのだから、「もう３位は鈴木一朗でいくことを決めたのだな。それであれば仕方がない」と、この時は中村紀洋選手の指名は難しいと半ば諦めていたのだそうです。
中日ではイチローの活躍以降、地元のスター候補は補強ポイントでなくても全部獲りに行くという暗黙の了解ができていた
こうして、ドラフト会議当日、３巡目となり、イチローさんも中村紀洋選手もまだ残っていたことから、中田宗男さんは、ここで、”鈴木一朗”の名前が呼ばれるのだろうと思い、池田英俊さんと一緒に別室でその指名を待っていたそうですが・・・
名前が呼ばれたのは、東北福祉大学の即戦力内野手・浜名千広選手。
しかも、その浜名千広選手はダイエー・ホークスと競合し、抽選で外れてしまったのでした。
そこで、外れ３位指名となるのですが・・・名前を呼ばれたのは、またも、”鈴木一朗”ではなく、佐賀学園高の若林隆信選手。
（若林選手は甲子園でホームランを打つなど、パンチ力のある評価の高いバッターだったそうですが、「スラッガータイプの選手を指名するなら、なぜ中村紀洋選手ではないのか！」と、中田宗男さんは怒りにも似た感情が湧いてきたそうです）
そして、続く４位指名でも、中日は”鈴木一朗”も中村紀洋選手も指名することなく、日立製作所の若林弘泰投手を指名したそうで、
（イチローさんはオリックス、中村紀洋選手は近鉄バファローズから指名されます）
中田宗男さんは、後に、「プロ野球PRESS」に寄せた記事で、
ドラフトなど、結果論ではなんとでも言えるものだが、この年は逃した獲物があまりにも大きすぎた。今でもこの年のドラフトを振り返ると、苦い思いが甦（よみがえ）ってくる。
と、綴っています。
ちなみに、イチローさんが３年目には社会現象を巻き起こすほどの大活躍をしたことから、以降、中日のスカウトの間では、「地元のスター候補は補強ポイントでなくても全部獲りに行く」という暗黙の了解ができたといいます。
「イチローはオリックスにドラフト3位指名(4位ではなく)されるはずだった？」に続く
