1989年1月、19歳の時、「ふりむけばヨコハマ」でデビューすると、たちまちヒットとなり、一躍、人気歌手の仲間入りを果たした、マルシアさん。
そんなマルシアさんは、日系三世としてブラジルで生まれ育ったそうで、1985年、17歳の時、ブラジルで開催された「TBS歌謡選手権」で松田聖子さんの「青い珊瑚礁」を歌い、準優勝したそうですが、
優勝者だけが日本に行けるこの大会で優勝を逃したことが悔しく、その悔しさを晴らすため、翌年の1986年には、「外国人歌謡大賞」にブラジル代表として参加すると、見事優勝したそうで、決勝戦に進出するため来日したといいます。
今回は、マルシアさんの、生い立ち(17歳の時に「TBS歌謡選手権」で準優勝~猪俣公章さんの内弟子時代)をご紹介します。

マルシアのプロフィール
マルシアさんは、1969年2月14日生まれ、
ブラジル・サンパウロ州モジダスクルーゼス市の出身だそうですが、
父方は静岡県富士宮市から移住し、母方は高知県から移住した日系三世だそうで、両祖父母4人共、100%日本人なのだそうです。
また、
身長156センチ、
血液型はA型、
学歴は、
私立ポリクルーソス高校
⇒モジダスクルーゼス大学
趣味は、作詞、作曲、ピアノ演奏、
特技は、ポルトガル語、サンバ、フラメンコだそうです。
マルシアの本名は?
マルシアさんの本名は、「大鶴一枝 マルシア(おおつる かずえ マルシア)」で、旧姓は「マルシア・一枝・西家」だそうですが、
本名の「一枝」は、お母さんが美空ひばりさんのファンだったことから、美空ひばりさんの本名の「加藤和枝(かとう かずえ)」から同じ読み方の名前をもらい、「マルシア・一枝・西家」と名付けられたそうです。
ちなみに、マルシアさんは、2004年に大鶴義丹さんと離婚しているのですが、娘のために、離婚後も「大鶴」姓を名乗っているのだそうです。
マルシアはブラジルで日系三世として誕生していた
マルシアさんのおじいさんとおばあさんは、日本からブラジルに移住し、柿やポンカンなどの果樹園を経営していたそうで、
マルシアさんは、日系二世である、お父さんとお母さんのもと、2人姉妹の長女としてブラジルで誕生したそうです。(マルシアさん自身は日系三世)
マルシアは17歳の時に「TBS歌謡選手権」で「青い珊瑚礁」を歌い準優勝していた
そんなマルシアさんは、1985年4月27日、17歳の時、ブラジルで開催された「TBS歌謡選手権」に、もともと出場する予定だった知人の代理で参加することになったそうですが、
直前になって引き受けたため、何の準備もしていなかったにもかかわらず、松田聖子さんの「青い珊瑚礁」を歌うと、見事、準優勝したそうです。
マルシアは17歳の時に「外国人歌謡大賞」にブラジル代表として参加し優勝していた
ただ、マルシアさんは、優勝者だけが日本へ行けるこの大会で優勝を逃してしまったことが、自分でも意外なほど悔しかったそうで、
悔しさを晴らすため、翌1986年3月26日、テレビ東京の「外国人歌謡大賞」にブラジル代表として参加すると、見事優勝。
そして、同年4月20日には、東京で開催された「ワールドチャンピオン大会」にブラジル代表として出場すると、松田聖子さんの「チェリーブラッサム」を歌い、フレンドシップ賞に輝いたのでした。
マルシアは17歳の時に猪俣公章にスカウトされて再来日し内弟子となっていた
こうして、目的を果たしたマルシアさんは、満足してブラジルに帰国したそうですが、
その後、大会の審査員だった猪俣公章さんが、
日本で歌手を目指してみないか
と、わざわざ、マルシアさんに会いにブラジルに来たそうで、
マルシアさんは、このチャンスに飛び乗り、同年、来日し、猪俣公章さんの家で、内弟子として、付き人や家事の手伝いをしながら修行に励んだのだそうです。
ちなみに、マルシアさんは、内弟子時代について、
先生のおうちでは、お料理、洗濯…お客さんがいっぱいいらっしゃるので、おもてなしとか。生活の中で日本語を覚えたり。
商店街に買い物に行って、そこにいらっしゃるおじさま、おばさまたちから日本語を覚えたと言っても過言ではない。これ、きゃ・べ・つ…これ、た・ま・ね・ぎゅ?…た・ま・ね・ぎ…わかった…っていうふうに1個ずつ覚えていきましたね
つらいとも思わないんですけど、他のお弟子さんが2人ぐらい、いらっしゃったんで、言葉が通じない歯がゆさ、ちょっとストレスはありましたね。言いたいことが言葉に出ないっていうか
と、語っています。

姉弟子の坂本冬美さん(左)とマルシアさん(右)。
マルシアはなかなかデビューさせてもらえなかった
そんなマルシアさんは、歌手としてすぐにデビューできると思っていたそうですが、なかなかデビューさせもらえなかったそうで、
たまらず、猪俣公章さんに、
先生、いつデビューですか?
と、2回ほど、聞いたことがあったそうですが、
猪俣公章さんには、
馬鹿野郎!俺を信じろ!
と、めちゃくちゃ怒鳴られたそうで、
以来、聞けなくなってしまったといいます。
また、そんな中、ブラジルに帰ろうと思ったこともあったそうですが、そのたびに、来日する際、ブラジルの空港でおじいちゃんに言われた、
成功するまで絶対に帰ってくるな
という言葉を思い出し、耐えたそうで、
マルシアさんは、
いつも泣いてたんで・・・トイレでね。人前で泣けないんで。で、やっぱり耳に響くのは、おじいちゃんの一言。ああ、ダメだダメだ、しっかりしないと・・・って。17,8才の子供におじいさんの一言はやっぱり大きいですね
と、語っています。
(マルシアさんは、寂しさから、ブラジルの家族に週に1度コレクトコールで電話をしていたそうですが、家族から「デビューはいつなの?」と聞かれても、本当のことは言えず、ずっと、「もう少し」「もうちょっと」「今勉強中」などと濁していたのだそうです)
また、マルシアさんは、猪俣公章さんから
(歌を)壁越しで盗め!
と、言われたそうですが、
さっぱり意味が分からず、困り果てて、他のお弟子さんに聞くと、
自分の耳をダンボにして聞きなさい(それが勉強)
という意味だと教えてもらったそうで、
それが、今でも、マルシアさんの土台になっているのだそうです。
(マルシアさんは、猪俣公章さんから、特に、テレサ・テンさんの歌「時の流れに身をまかせ」「つぐない」などから学べと言われたそうです)
「【画像】マルシアの若い頃から現在までのヒット曲や出演舞台ドラマ映画は?」に続く
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1989年、19歳の時、デビュー曲「ふりむけばヨコハマ」で新人賞を多数受賞するなど脚光を浴びると、2001年、32歳の時には「ジキル&ハイド」でミュージカルデビューを果たし、以降、歌手、女優、タレントと幅広く活躍している …







