唐十郎さん主宰の劇団「状況劇場」の看板女優を務め、”アングラ演劇の女王”と呼ばれて人気を博すと、その後、テレビドラマや映画でも活躍した、李麗仙(り れいせん)さん。
そんな李麗仙さんは、プライベートでは、結婚を1回、離婚を1回しています。
今回は、李麗仙さんの前夫・唐十郎さんとの、馴れ初め、離婚理由、子供(息子)・大鶴義丹さんとの関係などについてご紹介します。

「李麗仙は唐十郎に状況劇場の著作権譲渡等で裁判を起こすも棄却されていた!」からの続き
李麗仙の前夫・唐十郎との馴れ初めは?
李麗仙さんは、1967年、25歳の時、劇作家の唐十郎さんと結婚しています。
李麗仙さんは、舞台芸術学院に通っていた時、喫茶店でウエイトレスのアルバイトをしていたそうですが、そこに、お客として来ていた唐十郎さんと知り合ったそうで、
唐十郎さんに、設立したばかりの劇団「状況劇場」に誘われると、舞台芸術学院を中退して、「状況劇場」に入団し、旗揚げ公演「恭しき娼婦」でヒロインを務めたそうです。
また、同時に、4畳半一間のアパートで、唐十郎さんと一緒に暮らし始めたのだそうです。
李麗仙は唐十郎と結婚後は共に劇団「状況劇場」を牽引していた
唐十郎さんと結婚後、李麗仙さんは、唐十郎さんと2人で劇団「状況劇場」を引っ張ったそうで、唐十郎さんとは公私ともに良きパートナーとなったのですが、
生活は貧しく、1尾の魚を2人で分け合って食べるほか、下着や化粧品を買う余裕もなかったといいます。
そんな中、生活費と公演資金を稼ぐため、李麗仙さんは、唐十郎さんと共に、「金粉ショー」のダンサーとして、全国のキャバレーを廻ったといいます。
李麗仙と唐十郎の離婚理由は?
こうして、李麗仙さんは、結婚後も変わらず、唐十郎さんとコンビを組み、劇団「状況劇場」の看板女優として活躍していたのですが・・・
結婚から約20年後の1988年には離婚しています。
離婚理由について、はっきりしたことは不明ですが、芝居の目指す方向性の違いから揉め事が絶えなくなったという話や、唐十郎さんの不倫という話があるようです。
(唐十郎さんが実際に不倫をしていたか真偽は不明ですが、少なくとも、李麗仙さんはそう思っていたといいます)
李麗仙は死去の翌日、前夫・唐十郎に「状況劇場」の芝居で見送られていた
また、離婚から28年経った2016年には、李麗仙さんが唐十郎さんに裁判を起こしており、関係は良くなかったかと思われていたのですが・・・
2021年6月22日に李麗仙さんが他界された翌日(23日)、唐十郎さんは、李麗仙さんのもとを訪れ、李麗仙さんが横たわるベッドの枕元の椅子に腰を掛けて、李麗仙さんの顔をじっと見つめ、
突然、
75人で船出をしたが 帰ってきたのは唯ひとり・・・
と、李麗仙さんが生前お気に入りだった「状況劇場」のお芝居「ジョン・シルバー」(1965年)の主題歌を口ずさむと、
ゆっくりと李麗仙さんの枕元に近づいて、李麗仙さんの顔をやさしく撫でた後、立ち上がり、
李麗仙!また会おう!
と、周囲に聞こえるようにはっきりした声で言い、去り際に、李麗仙さんに向かって投げキッスをしたそうで、
李麗仙さんと唐十郎さんは、離婚後も、夫婦の枠を超え、お芝居という絆で強く結びついていたことが分かります。
(「状況劇場」時代のお芝居を彷彿とさせるこの別れに立ち会った関係者たちは、皆、涙を抑えることができなかったといいます)
李麗仙と唐十郎の子供(息子)は大鶴義丹
そんな李麗仙さんと唐十郎さんとの間に、1968年4月24日、誕生したのが、俳優の大鶴義丹(おおつる ぎたん)さんです。

長男の大鶴義丹さん。
大鶴義丹さんは、高校時代からテレビドラマに出演し、1984年、16歳の時に、NHKドラマ「安寿子の靴」で俳優デビューすると、その後は、テレビドラマ、映画、舞台で俳優として活動するかたわら、
大学在学中の1990年には、「スプラッシュ」で「第14回すばる文学賞」を受賞するほか、1995年には、「となりのボブ・マーリィ」で映画監督デビューするなど、様々な分野で才能を発揮しているのですが、
大鶴義丹さんは、自身の両親である李麗仙さんと唐十郎さんについて、
なぜ親が離婚し、状況劇場が崩壊していったか、僕のなかでは知っていても言えないことがあるのですが、ともかく二人とも本当に芝居が好きで、好きで、それ以外は何もできない不器用な人間だったということです。
芝居や芸への思い、そのいちばん底にあるマグマみたいな原動力について、父は何も語らない。母も、自分の体を切り刻むようにして芝居をする人だったけど、なぜ、そうまでして演じるのか、やはり語らない。
僕も聞こうとしない。言い争いはするものの、心の奥底に秘めたものを、どこまでも明らかにしない家族だったのです。
と、語っており、
両親ともに芝居一筋で、ほとんど家族団欒(だんらん)のない家庭で育ったといいます。

(左から)義母ののみねさん、長男の大鶴義丹さん、前夫の唐十郎さん、李麗仙さん。(1978年1月、東京都杉並区の自宅より)
李麗仙と息子・大鶴義丹の関係は?
また、大鶴義丹さんが独立してからも、李麗仙さんと大鶴義丹さんはずっと別々に暮らしていたといいます。
そんな中、大鶴義丹さんが、2002年には、母の老いを感じ取り、情にほだされて、李麗仙さん(60歳)に二世帯住宅(玄関は別々で、1階に李麗仙さん、2階に大鶴義丹さん&マルシア夫妻)を提案して、完全分離型の住宅で生活するようになっていたそうですが・・・
2人の関係は決して「仲良し親子」ではなかったそうで、似た性格のためか、5分も話すとケンカになってしまい、その後1週間ほど会わないということが頻繁にあったそうで、
心配になってはまた顔を合わせ、顔を合わせては再びケンカ別れするということを、繰り返していたのだそうです。

幼い頃の大鶴義丹さんと李麗仙さん。
ちなみに、その後、李麗仙さんは、2018年に脳梗塞を発症すると、マヒなどの後遺症が残り、介護つき老人ホームに入所しているのですが、最後まで本心を隠し、弱みを見せることなく強気を貫いたといいます。
(息子・大鶴義丹さんから二世帯住宅を提案された時も、李麗仙さんは、表面上は素直に喜びを表さなかったといいます)
さて、いかがでしたでしょうか。
李麗仙さんの、
- 李麗仙の国籍は?生い立ちは?中3で父親が蒸発!高卒で女優を目指していた!
- 李麗仙のプロフィール
- 李麗仙は在日韓国人三世
- 李麗仙は日本国籍を取得していた
- 李麗仙は中学3年生の時に父親が家庭を捨てて出奔し貧困生活を余儀なくされていた
- 李麗仙は高校時代に女優になりたいと思っていた
- 李麗仙は高校卒業後「舞台芸術学院」でダンスの稽古に励んでいた
- 【画像】李麗仙の若い頃は金粉ショーも!死去までの出演舞台ドラマ映画は?
- 李麗仙は22歳の時に劇団「シチュアシオンの会(シチュエーションの会)」の「恭しき娼婦」でヒロインを務めていた
- 李麗仙は22歳の時に「金粉ショー」のダンサーとして日本全国のキャバレーを巡業していた
- 李麗仙は25歳の時に「紅テント」公演でヒロインを数多く演じ「アングラの女王」として人気を博していた
- 李麗仙は25歳で唐十郎と結婚後も引き続き「状況劇場」の看板女優として活躍していた
- 李麗仙は45歳の時に「李麗仙秘演会」で「愛の乞食」を上演していた
- 李麗仙は45歳の時に長渕剛と「親子ジグザグ」で共演していた
- 李麗仙は53~54歳の時に「3年B組金八先生」で教頭・石川千春役を熱演
- 李麗仙は79歳で死去
- 李麗仙の出演作品(舞台(状況劇場))
- 李麗仙の出演作品(舞台(状況劇場以外))
- 李麗仙の出演作品(テレビドラマ)
- 李麗仙の出演作品(映画)
- 李麗仙の死因は?脳梗塞を患いリハビリに励むも悪化の一途を辿っていた!
- 李麗仙は76歳の時に脳梗塞を発症していた
- 李麗仙は一時期は長男・大鶴義丹&マルシア夫妻と同居も脳梗塞発症後は介護付き老人ホームに入所していた
- 李麗仙は介護付き老人ホームから病院へ入院していた
- 李麗仙の死因は?
- 李麗仙は唐十郎に状況劇場の著作権譲渡等で裁判を起こすも棄却されていた!
- 李麗仙は唐十郎とその再婚相手に裁判を起こしていた
- 李麗仙は唐十郎と面会し「状況劇場」の著作権の譲渡を受ける書面を取り交わしていた
- 李麗仙は後に唐十郎の再婚相手に「状況劇場」の著作権の譲渡を拒否されていた
- 李麗仙は唐十郎の別荘(乞食城)に勝手に出入りしてポスターも持ち帰っていた
- 李麗仙の訴えは棄却されていた
- 李麗仙は持ち帰った「状況劇場」のポスター2枚を「なんでも鑑定団」に出していた
- 李麗仙の前夫・唐十郎との馴れ初めは?離婚理由は?子供(息子)は大鶴義丹!
- 李麗仙の前夫・唐十郎との馴れ初めは?
- 李麗仙は唐十郎と結婚後は共に劇団「状況劇場」を牽引していた
- 李麗仙と唐十郎の離婚理由は?
- 李麗仙は死去の翌日、前夫・唐十郎に「状況劇場」の芝居で見送られていた
- 李麗仙と唐十郎の子供(息子)は大鶴義丹
- 李麗仙と息子・大鶴義丹の関係は?
について、ご紹介しました。
劇作家・唐十郎さんと共に「状況劇場」を引っ張り、”アングラの女王”の異名で唯一無二の存在感を放つと、その後、舞台だけでなく、テレビドラマや映画でも強烈な印象を残してきた李麗仙さん。
この機会に、是非、李麗仙さんの演技をご覧ください。
1960年代から1970年代にかけて、劇作家の唐十郎さんが設立した伝説の劇団「状況劇場」の看板女優として、奔放で野性味あふれるヒロインを数多く演じ、「アングラの女王」と称された、李麗仙(り れいせん)さん。 そんな李麗仙 …









