プライベートでは、結婚を2回、離婚を1回、死別を1回している、岸部四郎(きしべ しろう)さんですが、前妻(最初の妻)は、日本人とポルトガル人のハーフの女性だったといいます。

今回は、岸部四郎さんの、前妻(最初の妻)との離婚理由と慰謝料について、岸部四郎さんと前妻双方のインタビューを交えながらご紹介します。

岸部四郎

「岸部四郎の死因は?脳内出血の後遺症と闘いつつ歌への情熱を持ち続けていた!」からの続き

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岸部四郎の前妻(最初の妻)は?

岸部四郎さんは、1971年、日本人とポルトガル人のハーフの展子さんという女性と、「ザ・タイガース」が解散して間もない頃に結婚したようですが、1985年8月26日に離婚したといいます。

岸部四郎の前妻(最初の妻)との離婚理由は?

そこで、気になる離婚の理由ですが、主に2つの理由があったと言われています。

岸部四郎の女性問題

まず、1つ目の理由は、

岸部四郎さんは、離婚理由について、マスコミの取材に対し、

ここ4、5年前から夫婦の間で別れ話が出ていたが、最終的に決断したのはカミさんの方。僕は立派で頼りがいのあるオヤジ像に不適格な男やった。

結婚当初から京都育ちの僕と、アメリカ育ちでハーフ(展子さんは日本とポルトガルのハーフ)の彼女とは考え方が食い違ってまして。

飯の食べ方、口のきき方、子供の教育の仕方からズボンのはき方まで違うんですからね。僕がもう二回り大きければ何とかなったかもしれませんが、二人とも30代半ばになって、別れるなら今しかないと思って…

と、性格の不一致だと語っていたのですが、

展子さんはというと、

色々と噂されてるようですけど、本音を言うと、私が決断したのは彼の女性関係が発覚したからなんです。去年の秋頃、ある人から京都の彼女(祇園の芸妓)のことを聞かされました。

そういえば、大阪で仕事があっても泊まるのは京都でした…5年も前からの付き合いだそうですが、これじゃ、子供の相手をする時間もありません。あるあると言っていたお金もどんどん減って、これから私も一生懸命働かなきゃと思ってます。

と、語っており、

岸部四郎さんの”女性関係”が原因だったとしています。

(これに対し、岸部四郎さんは、京都の女性は、「永井荷風の世界観を学ぶための実地見学」と弁明し、男女の関係を否定したそうですが、この弁明は通用せず、展子さんから離婚を切り出されたといいます)

岸部四郎の浪費&借金

もう1つの理由は、前述の展子さんのコメントにもありましたが、お金の問題で、

岸部四郎さんは、古書や骨董品収集に熱中しすぎるあまり、浪費し、家を担保にしてまで借金していたそうで、これも離婚の原因の1つだと言われています。

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岸部四郎は前妻(最初の妻)には豪邸を慰謝料代わりとしていた?

ちなみに、岸部四郎さんは、展子さんと離婚後は、東京都杉並区荻窪にあった(当時)地価1億5千万円の豪邸を出て、都内の2DKのマンションで一人暮らしをし、展子さんと子供たちがこの豪邸に残ったそうで、

岸部四郎さんは、

先に行動を起こしたのはカミさんです。別れる条件として「今までの生活レベルを維持したい」と言われ、子供たちを育ててもらうことですし、慰謝料代わりに新築の家をあげたんですよ。

それから僕は代沢(世田谷区)のマンションへ引っ越して、一人で弁当を作ったり、コインランドリーで洗濯したり、一人暮らしを楽しんでます。

と、語り、

豪邸を慰謝料として渡したと主張しているのですが、

展子さんはというと、

慰謝料代わりにこの家を?私はそう思ってませんよ。私もCMに出たりして貯えたお金があったので、家は彼一人で建てたわけじゃないんです。まだ借金(古書や骨董品も含む)を返済中で、家が担保になっている状態なんです。

子供の養育費が月50万円なんて言われてるそうですが、私たちはそんなに恵まれていません。いつでも引っ越せるように、段ボールの荷物をそのままにしてあるくらいですから。

と、語っており、

家は借金の担保となっていることから、慰謝料として受け取った認識はないということでした。

「岸部四郎の再婚相手(2番目の妻)小緒理との馴れ初めは?4年で死別していた!」に続く

お読みいただきありがとうございました

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