1969年、19歳の時、兄・岸部一徳さんの要請で留学先のアメリカから呼び戻され、「ザ・タイガース」に加入すると、当初はギターが弾けなかったものの、透き通った高音のコーラスと軽快なトークで人気を博した、岸部四郎(きしべ しろう)さん。

そんな岸部四郎さんは、兄の岸部一徳さんとも、バンド「サリー&シロー」を結成してアルバムをリリースするほか、フォークソングユニット「ブレッド&バター」にも参加しています。

今回は、岸部四郎さんの、若い頃(「ザ・タイガース」~「ブレッド&バター」)のミュージシャンとしての経歴を時系列でご紹介します。

岸部四郎

「岸部四郎の生い立ちは?幼少期は貧乏も19歳で米留学し音楽三昧の生活!」からの続き

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岸部四郎は19歳の時、加橋かつみの後釜として「ザ・タイガース」に加入

中学卒業後は就職するも、早々に退職して、「ザ・タイガース」のメンバーだった兄・岸部一徳さんを頼り、上京して「ザ・タイガース」のバンドボーイ(雑用係)となると、その後、米留学させてもらっていたという岸部四郎さんですが、

1969年3月には、「ザ・タイガース」からギターの加橋かつみさんが脱退したことから、急遽、兄の岸部一徳さんに電話で日本に呼び戻され、加橋かつみさんの代わりに「ザ・タイガース」に加入することになったといいます。

岸部四郎
1969年頃の岸部四郎さん。

ちなみに、事務所の渡辺プロダクションとしては、「楽器が弾けなくてもルックスのいい人」もしくは「ルックスは不問で音楽のちゃんとできる人」など、候補を何人か選んで、加橋かつみさんの後釜を決めようと考えていたそうですが、

「ザ・タイガース」のメンバーたちにとっては、他人を受け入れることはあり得なかったそうで、現メンバーである岸部一徳さんの弟であり、「ザ・タイガース」のバンドボーイも務めたことのある、岸部四郎さんに白羽の矢が立ったのだそうです。

「ザ・タイガース」
(前列左から)沢田研二さん、瞳みのるさん。(後列左から)岸部一徳(当時は岸部修三)さん、森本太郎さん、岸部四郎さん。

岸部四郎は「ザ・タイガース」加入当初はギターが弾けなかったが高音のコーラスが歌えた

そんな岸部四郎さんは、当初、ギターが全く弾けず、弾く真似をしていただけで、タンバリンやコーラスをしていたそうですが、

コーラスは、加橋かつみさんに匹敵するほどの高音を出すことができたうえ、アメリカ留学帰りのせいか、音楽的にもビジュアル的にもセンスが良く、”白馬に乗った王子様”的でアイドルチックな「ザ・タイガース」のイメージを、アーティスト志向の強いものに変貌させたそうで、

元「ザ・タイガース」の森本太郎さんは、この頃の岸部四郎さんについて、

後のタイガース加入は、一応、オーディションの形を取ったけど、(岸部四郎さんは)やはり一番気心が知れてたしね。でも、シローは最初、ギターも弾けなかった。タンバリンを持っていたけど、ジュリーも持ってたから。

当初はテンポがずれるので、シローのタンバリンのシンバルにテープを張って音が鳴らないようにしたんだ。でもギターを独学で練習して、僕もアドバイスして、ちゃんと弾けるようになったよ。

それよりも、あんなに歌が歌えるとは思わなかった。透き通った高い声で「すごいな」と思った。脱退したトッポ(加橋かつみさん)がやっていた高い部分のコーラスも歌えた。

と、語っています。

岸部四郎
(左から)森本太郎さん、瞳みのるさん、岸部四郎さん、沢田研二さん、岸部一徳(当時は岸部修三)さん。

岸部四郎は「ザ・タイガース」ではステージ上での軽快なトークが人気を博していた

また、岸部四郎さんはトークの才能もあったそうで、東京・新宿のライブハウス「ACB(アシベ)」で1日4公演を行っていた頃には、岸部四郎さんのトークがあまりにおもしろかったことから、3回目のステージで約15分の岸部四郎さんのおしゃべりコーナーが作られたそうですが、

他のメンバーたちは、休憩しながら、楽屋まで聞こえてくる岸部四郎さんのおしゃべりに思い切り笑っていたといいます。

(当初はおしゃべりがたどたどしかったという沢田研二さんも、そんな岸部四郎さんの影響で、徐々におしゃべりが上手になり、面白くなっていったといいます)

そんな岸部四郎さんは、このステージ上での軽快なトークで人気を博し、その気さくなキャラクターが受け入れられると、単独でもテレビ出演もするようになったのでした。

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岸部四郎は20歳の時に兄・岸部一徳と「サリー&シロー」を結成し「トラ70619」をリリース

そして、1970年2月、20歳の時には、お兄さんの岸部一徳さんと、ユニット「サリー&シロー」名義でアルバム「トラ70619」を発表すると、

(この頃には、リズムギターやタンバリンもある程度はこなせるようになったそうです)

「サリー&シロー」

次第に、メンバーは個々の活動がメインとなっていき、1971年1月には、「ザ・タイガース」は解散するのですが、

その後、岸部四郎さんは、同年、フォークソングユニット「ブレッド&バター」に参加し、翌年の1972年3月には、「ブレッド&バター」として、アルバム「ムーンライト」をリリースしています。

「ムーン・ライト」
「ムーンライト」

「【画像】岸部四郎の若い頃は?西遊記の沙悟浄ほか出演ドラマ映画CMは?」に続く

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