「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎役、「それいけ!アンパンマン」のアンパンマン役、「きかんしゃトーマス」のトーマス役など、元気いっぱいながら、温かみを感じさせる少年の声を数多く演じ、人気を博している、戸田恵子(とだ けいこ)さん。
そんな戸田恵子さんは、幼い頃から歌を歌うことが上手で、小学5年生の時、テレビ番組「日清ちびっこのどじまん」でグランプリに輝くと、これをきっかけに、NHK名古屋放送児童劇団に入団し、子役として活動を始めたそうですが、
その後、中学3年生の時には、アマチュアのフォークバンドでボーカルとして活動していた中スカウトされ、高校1年生でアイドル演歌歌手としてデビューしていたといいます。
今回は、戸田恵子さんの、生い立ち(幼少期~アイドル演歌歌手時代)をご紹介します。

戸田恵子のプロフィール
戸田恵子さんは、1957年9月12日生まれ、
愛知県名古屋市の出身、
身長154センチ、
血液型はO型、
星座はおとめ座、
学歴は、
名古屋市立清水小学校
⇒名古屋市立八王子中学校
⇒駒沢学園女子高等学校卒業
趣味は、演劇鑑賞、グッズプロデュース、
特技は、歌、ダンス、茶道、華道、ピアノ、詩吟、水泳、名古屋弁、
ちなみに、「戸田恵子」は本名で、淡路恵子さんのファンだったお父さんにより名付けられたそうです。
また、当初は、「あゆ朱美(あゆ あけみ)」という芸名で活動していたそうです。
戸田恵子の幼い頃は裕福な家庭で何不自由なく育っていた
戸田恵子さんは、砂糖の卸問屋を営むお父さんのもと、一人っ子として誕生すると、幼い頃は裕福な家庭で何不自由なく育ったそうで、
ピアノ、茶道、華道、習字、そろばん、詩吟、剣舞、クラシックバレエなど、様々な習い事をしていたそうです。
また、両親が商売で忙しい環境で育ったせいか、自立心も養われたそうです。
戸田恵子は小学5年生の時、「日清ちびっこのどじまん」で東海地区のチャンピオンになっていた
そんな戸田恵子さんは、幼い頃から歌を歌うことが上手だったそうで、小学5年生の時には、テレビ番組「日清ちびっこのどじまん」に出演すると、東海地区のチャンピオンに輝いたといいます。
戸田恵子は小学5年生の時に「NHK名古屋放送児童劇団」に所属し子役として活動していた
そして、このことをきっかけにお母さんに勧められ、「NHK名古屋放送児童劇団」のオーディションを受けると、見事、難関を突破して合格したそうで、
小学5年生の時に、「NHK名古屋放送児童劇団」で子役として活動を始めると、「あゆ朱美」名義で中学生の時まで「中学生群像」に出演したそうです。
(竹下景子さんが2年先に所属していたそうです)

「中学生群像」出演時の戸田恵子(当時はあゆ朱美)さん(前から2列目の右から2人目)。
ちなみに、戸田恵子さんは、1972年、中学2年生(15歳)の時に両親が離婚したそうで、お父さんとお母さんのどちらと一緒に暮らすか選択を迫られた際には、
戸田恵子さんは一人っ子だったことから、どちらかについていくのは不公平だと考え、できれば、3人バラバラに暮らしたいと思っていたそうですが、
お母さんが、
恵子ちゃんがいないとダメなの
と、初めて娘の前で涙を流したのを見て、お母さんについていくことに決めたといいます。
戸田恵子は高校1年生(16歳)の時にアイドル演歌歌手としてレコードデビューするも全く売れなかった
そんな戸田恵子さんは、アマチュアのフォークバンドでボーカルとしても活動していたそうですが、中学3年生(15歳)の時、地元局のスカウト番組に出演すると、その番組のプロデューサーにスカウトされたそうで、
1973年、高校1年生(15歳)の夏、単身上京すると、翌1974年2月25日(戸田恵子さん16歳)には、「あゆ朱美」名義でアイドル演歌歌手として、「ギターをひいてよ」でレコードデビューを果たしたそうですが・・・
全く売れなかったといいます。

「ギターをひいてよ」
それでも、その後も、
- 1974年9月「街あかり」
- 1975年4月「十七のえれじい」

「十七のえれじい」 - 1976年11月「ひとり占い」

「ひとり占い」
と、シングルをリリースしたそうですが・・・
やはり、鳴かず飛ばすだったそうで、仕事も、地方営業、リポーター、バラエティ番組ばかりだったそうです。
(ただ、この時、バラエティ番組にたくさん出演し、伊東四朗さん、小松政夫さんらと出会ったことから、コメディエンヌになりたいという気持ちも芽生えたそうです)
戸田恵子は20歳前に歌手を辞める決意をしていた
そんな中、歌手を夢見ていた戸田恵子さんは、自分だけが売れず、取り残されたように感じたそうで、一人悶々と悩んだ末、20歳を前に歌手を辞めようと決意したのだそうです。
ちなみに、戸田恵子さんは、様々なインタビューで、
山口百恵さんみたいになれると本気で思っていました。(歌手として)成功するって。でも、それまで高かった鼻が見事にへし折られました
すぐに私は売れるつもりで出てきたんですけれども。全然もう売れなくて。『あゆ朱美』という芸名で、4年くらい歌手の仕事をやらせていただいていました
と、語っています。
「戸田恵子の若い頃は野沢那智の劇団薔薇座に入団し看板女優として活躍していた!」に続く
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