1975年4月、文化放送にアナウンサーとして入社すると、以降、文化放送の”顔”として人気を博し、1987年4月からスタートした、午後の帯番組「吉田照美のやる気MANMAN!」では、2007年3月に番組が終了するまで、20年もの間、メインパーソナリティの吉田照美さんのパートナーを務めた、小俣雅子(おまた まさこ)さん。
今回は、そんな小俣雅子さんの、幼少期、若い頃から現在までの経歴、出演番組(ラジオ、テレビ)、著書などをご紹介します。

小俣雅子のプロフィール
小俣雅子さんは、1952年6月19日生まれ、
山梨県都留市の出身、
血液型はO型、
学歴は、
山梨県立都留高等学校
⇒東京学芸大学教育学部卒業
(※大学時代に、中学、高校の英語教員免許を取得したそうです)
ちなみに、「小俣雅子」は本名で、愛称は「オマタ」
だそうです。
小俣雅子は幼い頃からイベントごとが好きでいつも委員を務めていた
小俣雅子さんは、幼い頃から、イベントごとが大好きで、学芸会、遠足、運動会、卒業式などのイベントは全部、委員を務め、リーダーシップを発揮していたそうです。
また、イベント好きが高じて、書道展や絵画展なども大好きで、参加したくて仕方がなく、結果、書道を極め、五段を取得したといいます。
小俣雅子は22歳の時に文化放送にアナウンサーとして入社すると花形として活躍
そんな小俣雅子さんは、1975年4月、22歳の時、文化放送にアナウンサーとして入社すると、
以降、
- 「電リク75」
- 「あの町 あの人 この話題」
- 「ダイナミックレーダー〜歌謡曲でいこう!〜」
- 「高島忠夫の気ままなジャンボ」(後に「お元気ですか高島忠夫です」に改名)
- 「鶴瓶の30分1本勝負!!」
など、数々のメイン番組に抜擢され、1990年3月に文化放送を退局するまで、花形アナウンサーとして活躍しました。
小俣雅子は34歳~54歳まで20年間「吉田照美のやる気MANMAN!」で吉田照美のパートナーを務めていた
また、小俣雅子さんは、文化放送時代の1987年4月6日に放送を開始した午後1時からの昼の帯番組「吉田照美のやる気MANMAN!」では、メインパーソナリティの吉田照美さんのパートナーに起用されているのですが、
人気を博し、1990年3月に文化放送を退局した後も出演は続き、2007年まで20年間に渡って出演しています。
ちなみに、小俣雅子さんと吉田照美さんは、同じ放送局の先輩と後輩という間柄だったものの(吉田照美さんが1歳先輩)、それまで、共演経験はほとんどなかったそうですが、放送を重ねるにつれて、お互いに遠慮のない独特な掛け合いがお茶の間に定着していったそうで、
吉田照美さんが、小俣雅子さんの言い間違いや失言に対し、
小俣ぁー!
お前よぉー
バカ!
と、漫才のように激しく突っ込むほか、
小俣雅子さんも、話の流れによっては、負けずに、吉田照美さんを攻撃したり、揶揄したりする場面も多々あり、このような二人の息の合った掛け合いが定番となり、リスナーの人気を博したのでした。

小俣雅子さんと吉田照美さん。
小俣雅子の現在は?
そんな小俣雅子さんは、「吉田照美のやる気MANMAN!」に出演するかたわら、心理学やメンタルヘルスを取り入れた「話し方講座」を開発し、
主に企業向けに、「著名人のバックステージ・エピソードに学ぼう!」のタイトルで「人生が変わる話し方講座」を展開して、セミナー講師として活動するほか、執筆、講演会も積極的に行っているそうですが、
そのほかにも、東京学芸大学客員教授、富士の国やまなし観光大使、香港元気大使も務めるなど、ジャンルにとらわれず、幅広く活動しているそうです。

小俣雅子さん。
小俣雅子の出演番組(ラジオ)
それでは、最後に、小俣雅子さんの出演番組をご紹介しましょう。
ラジオでは、
- 1981~1987年「高島忠夫の気ままなジャンボ」(1984年に「お元気ですか高島忠夫です」に変更)
- 1987~2007年「吉田照美のやる気MANMAN!」
- 1991~1992年「高田純次の男・夕焼けまわり道」
- 1992~2002年「裕司と雅子のガバッといただき!!ベスト30」
- 2009年「ラジオ・ケアノート」
- 2015年「ラジオ深夜便」
ほか、
- 「電リク75」
- 「あの町 あの人 この話題」
- 「ダイナミックレーダー~歌謡曲でいこう!~」
- 「鶴瓶の30分1本勝負!!」
- 「やっぱり危ない照美の小部屋」
- 「やる気大学」
- 「神保美喜のTea Lounge」
- 「裕司と雅子のガバッといただき!!60分」
小俣雅子の出演番組(テレビ)
テレビでは、
- 1990~1991年「朝だ!どうなる」※唯一、テレビで司会を担当

「朝だ!どうなる?」より。小俣雅子さん(左)と高市早苗さん(右)。 - 「タモリの音楽は世界だ!」※解答者
- 「タモリ倶楽部」※進行役
- 「奇跡体験!アンビリバボー」※VTR出演
- 「アナウンサー対抗歌合戦」※文化放送アナウンサー時代に出演
- 「ノンストップ!」※ディノスの通販コーナー「いいものプレミアム」(いいものプレゼンター)
などに出演しています。
小俣雅子の著書
また、小俣雅子さんは、
- 「恋も仕事もはやいはやい」(1992年、KADOKAWA(メディアファクトリー))
- 「人間おもしろ探検隊コロコロ自分の変わる本: カラをやぶってみちゃう20の体験ショック (1992年、プレイブックス 589)
- 「言葉ひとつで女があがる」(1994年、日東書院本社)
- 「棚からボタモチ床からもボタモチ―桃舌アナウンサーの心得」(1999年、青春出版社)
- 「下心いっぱいのオムレツ」(2000年、青春出版社)
- 「ことばで美人になる「話し方」「聞き方」講座」(2005年、青春出版社)
- 「おまたまさこの満腹物語」(2006年、講談社)
- 「気分のいい日を「ことば」がつくる」(2008年、東京書籍)
- 「たった1分で愛される人の話し方80のスイッチ」(2011年、集英社)
- 「話題のつぼみ―会話に花を咲かせましょう」(2021年、山梨日日新聞社)
と、著書も多数出版しています。
「小俣雅子の夫は?結婚してる?子供は?吉田照美と不倫していた?」に続く
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1975年4月、文化放送にアナウンサーとして入社すると、以降、文化放送の”顔”として人気を博し、1987年4月からスタートした、午後の帯番組「吉田照美のやる気MANMAN!」では、2007年3月に …


















