1981年、20歳の時、萩本欽一さんのバラエティ番組「欽ドン!良い子悪い子普通の子」のワルオ役に抜擢されると、たちまち、お茶の間の人気を博した、西山浩司(にしやま こうじ)さん。
今回は、そんな西山浩司さんの、萩本欽一さんとの、出会い、同居生活、激怒させたこと、現在の関係などを、エピソードを交えながらご紹介します。

「【画像】西山浩司の出演ドラマCMバラエティは?ディスコグラフィは?」からの続き
西山浩司は中学1年生の時に萩本欽一の公開収録を観に行った際、飛び入り参加してスカウトされていた
西山浩二さんは、中学1年生の時、萩本欽一さんの番組「スター誕生!」の公開収録が、地元・香川県高松市の市民会館で行われ、偶然、入場券が手に入ったことから、観に行ったところ、
番組中の人気コーナー「欽ちゃんと遊ぼう」へ飛び入り参加することになり、山口百恵さんの楽曲を独自の振り付けで披露したところ、観客に大ウケしたそうで、
萩本欽一さんに、
高松に天才がいるぞ、あの子(東京に)呼べないか
と、絶賛されたといいます。
そして、終演後には、スタッフにスカウトされたそうですが、まだ中学生で義務教育の身だったことから、この時は断り、電話番号だけ教えたそうです。
西山浩司は中学3年生の時「スター誕生!」にレギュラー出演していた
すると、西山浩司さんは、中学1年生の冬休みと中学2年生の冬休みには、お正月の特番のため、番組に呼んでもらったそうで、
中学3年生の時、お父さんの仕事が東京に転勤になると、「スター誕生!」のレギュラーとして出演することになったそうです。
ちなみに、西山浩司さんは、毎週、学校の授業が終わってから収録に参加していたそうですが、学校を休んで札幌での収録に参加した時には、
萩本欽一さんに、
学校には今しか行けないんだから、学校を休んじゃダメだ。テレビにはこれから先いくらでも出してやるから、今は学校に行け
と、怒られたそうで、
西山浩司さんは、
大将(萩本欽一さん)は厳しいというか当たり前のことなんですけれども、芸能界を優先して学校休むということがとても嫌いな方なので、それ以降はスタッフも地方での収録に僕を呼びませんでしたね。
学校優先で、地方に行くのは、夏休みとか冬休みだけでした
と、語っています。
(萩本欽一さんには、大学進学についても、「卒業しなくてもいいから大学には行っとけ」と言われたそうで、西山浩司さんは、言われた通り大学に進学し、その後、中退したそうです)
西山浩司は高校2年生の時に萩本欽一から同居を提案されていた
さておき、西山浩司さんは、お父さんの東京勤務が2年と決まっていたことから、2年でお父さんが高松に帰った後は、東京・駒込にある伯父さんの家に身を寄せていたそうですが、
そんな中、高校2年生で、「欽ちゃんのドンとやってみよう!」(「欽ドン!よい子悪い子普通の子」の前番組)のレギュラーに抜擢され、「内山田洋とクール・ファイブ」の前川清さんや気仙沼ちゃんといった人気者たちとともにコントをして、お茶の間の注目を集めていくと、
ある日のこと、萩本欽一さんから、
お前、今どこにいるの?
と、声をかけられたそうで、
西山浩司さんが、
伯父さんの家です
と、答えると、
萩本欽一さんは、
それなら俺のところに来い
と、言ってくれたのだそうです。
また、萩本欽一さんは、当時、家族とは別に世田谷で暮らしていたそうで、西山浩司さんが通っていた都立練馬高校から世田谷の萩本邸までは、電車で1時間ほどかかったそうですが、
なんと、萩本欽一さんは、
お前の学校の近いところ(大塚)に家を買ったから
とも、言ったといいます。
(大塚から学校までは30分ほど)
西山浩司は萩本欽一との同居生活では好き勝手やっていた
こうして、西山浩司さんは、萩本欽一さんとの同居生活をするようなると、(西山浩司さんと萩本欽一さんを含め)男性6人による共同生活だったそうで、家というよりは”合宿所”のような雰囲気だったそうですが、
そんな中、西山浩司さんは好き勝手やっていたそうで、
高校生だった西山浩司さんは、学校から帰ってくると(ほかの人達は昼間仕事で不在だったため)、ステレオでガンガン音楽をかけ、裏のアパートの住人から苦情が来るようになったといいます。
それでも、なんと、萩本欽一さんは、いくら大きな音を出しても大丈夫なように、鉄筋3階建ての家を購入してくれたといいます。
また、西山浩司さんは、萩本欽一さんの車を勝手に乗り回していたそうで、同居人が、萩本欽一さんの車がないことに気がつき、「大将(萩本欽一さん)の車が盗まれた!」と大騒ぎになったこともあったといいます。
西山浩司は一度だけ萩本欽一に激怒されていた
そんな西山浩司さんは、大学生(18~19歳)の時には、友人たちと麻雀をしていて夢中になり、無断で3日間家に帰らなかったことがあったそうですが、
さすがに、この時は、萩本欽一さんに、
出て行け!もう四国に帰れ!てめえなんか人間じゃねえ!
と、激怒され、
夜の10時頃から朝の5時まで7時間に渡って、激しく叱られたそうで、
西山浩司さんも、今度ばかりは許してもらえるとは思えず、
帰郷したら何をすればいいのだろうか
と、(四国に帰ろうと)段ボールに荷物を詰めながら考えたといいます。
ただ、この時も、朝の5時を迎えた頃、萩本欽一さんが突然、
お前ね、もう直った。大丈夫だから
と、声をかけてくれたそうで、許してもらったのだそうです。
(西山浩司さん自身は、何がどう直ったのか今だに分からないそうです)
ちなみに、後にも先にも萩本欽一さんから怒鳴られたのは、この時の一度きりだそうです。
西山浩司は萩本欽一に一度も”芸”を教わったことがなかった
こうして、西山浩司さんは、高校2年生から(浪人時代を含めて)大学の途中までの4年間、萩本欽一さんの家に住まわせてもらったそうで、
西山浩司さんの妹が大学に合格して上京したことをきっかけに、萩本欽一さんの家を出て、妹と一緒に暮らすようになると、
まもなく、「欽ドン!よい子悪い子普通の子」にワルオ役でレギュラー出演が決定し、たちまちブレイクしているのですが、
実は、萩本欽一さんから芸を教わることは一切なかったといいます。
(入れ替わり立ち替わりやってくるテレビ局のスタッフにお茶を出したり、灰皿を取り替えたりはしたそうです)
西山浩司は萩本欽一に役者になりたいと相談していた
また、その頃から、西山浩司さんは、役者になりたいと思い始めていたそうで、萩本欽一さんに相談すると、
萩本欽一さんには、
ウソでもいいから、欽ちゃんみたいになりたいと言って欲しかった
と、寂しそうな顔をしながら、言われたといいます。
というのも、西山浩司さんは、ずっと近くで萩本欽一さんの笑いへの取り組み方を見て、到底、自分にはできないと思い、コメディアンを目指さなかったそうで、
西山浩司さんは、
僕の運動神経、動きを認めてくれたそうです。教わったものでもないのに、素早く動く中に、きちっと止めることができていたそうなんです。それがないと舞台映えしないんだそうです。
だから、萩本さんから天才と言われたこともある。でも、僕は萩本さんの側に居すぎたのかもしれない。欽ちゃんファミリーの中でも一緒に暮らしたという人はいないと思います。
僕は4年も一緒にいて、朝までネタ作りに悩んでいる萩本さんを見てきました。とても、あんなふうにはなれないと思いましたもん。
(萩本欽一さんは)真面目と言ったら大真面目ですよ。コーヒーとお茶だけで、お酒は一切飲まない。タバコはヘビースモーカーでしたけどね。
いつも家にいて、番組のことをずっと考えている。毎日、毎日、各テレビ局の番組のスタッフが入れ代わり立ち代わり来てましたね。僕は、灰皿を交換したりとかをやってました。
だけど、「西山は学校を優先でね」って言われて、何時に寝ても構わなかった。大将は、朝方までいつも原稿を書いてたり、タバコを吸いながらジーッと考えている姿を何度となく見てました
と、語っています。
西山浩司は萩本欽一に「役者になって3億円損した」と言われていた
ちなみに、西山浩司さんは、その後、俳優として活動するようになると、人気刑事番組「太陽にほえろ!」で、太宰準(DJ)役に起用されているのですが、
番組はワンクールで終わってしまい、さらには、「太陽にほえろ!Part2」もワンクールで終わっており、
萩本欽一さんには、
お前、(役者になって)3億円損したよ
と、言われたそうで、
西山浩司さんは、
「欽ドン」で運を使い切っちゃったのかな
と、思ったそうです。
西山浩司は萩本欽一を父親のように思っている
そんな西山浩司さんと萩本欽一さんは、西山浩司さんが「欽ドン!」でレギュラーの時は学業優先だったことや、萩本欽一さんがお酒を飲まない人だったこともあり、2人きりで語り合ったことはなかったそうですが、
西山浩司さんは、萩本欽一さんに対し、お父さんのような親しみを感じているそうで、
僕は12歳で欽ちゃんに初めて会ったので、もう50年以上になります。それで居候させてもらって、一緒に住んだりとかしてました。
10代の子供の頃から、ずっと面倒見てもらってる感じなので、僕からしたらちょっと半分お父さんみたいなところがあるんですよね。
ただ、それを大将に伝えるとか、感じさせるようなことはしないんだけどね。本当にすごく世話になりました。
と、語っています。
西山浩司と萩本欽一の現在の関係は?
そして、現在も、萩本欽一さんとは親交が続いているそうで、徐々に顔を合わせることは少なくなっているものの、自身のマネージャーと萩本欽一さんのマネージャーが同じ人のため、お互い、近況を知る仲だそうで、
西山浩司さんは、2025年5月7日の萩本欽一さんの誕生日には、自身のインスタグラムを更新し、
大将84歳お誕生日おめでとうございます
とのコメントと共に、萩本欽一さんとのツーショット写真をアップしています。
「西山浩司は当初ワルオではなくヨシオ(イモ欽トリオ)だった!」に続く

西山浩司さんがインスグラムにアップした萩本欽一さんとのツーショット写真。
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