歌手がホスト役を務める「ワンマンスタイル」をいち早く日本に導入するほか、日本人で初めてプロテストソングを歌い、「フォークシンガーの先駆け」「メッセージソングの元祖」などと称された、雪村いづみ(ゆきむら いづみ)さんですが、プライベートはどのようなものだったのでしょうか。今回は、そんな雪村さんのプライベートについてご紹介します。
「雪村いづみのデビューからの出演ドラマ映画を画像で!」からの続き
ミッキー・カーチスと婚約していた
雪村さんは、1956年頃から、俳優のミッキー・カーチスさんと交際していたそうで、
1958年、「結婚のすべて」「若い娘たち」と、映画で共演するほか、1960年には、シングル「恋の片道切符」でもデュエットするなど、公私ともに順調だったようですが、
「恋の片道切符(1960年)」より。ミッキー・カーチスさんと雪村さん。
その後、進展がなく、雪村さんは、そんなミッキーさんとの仲にモヤモヤを抱え、また、この頃、お母さんの借金問題が発生したこともあり、1960年、半ばやけになって、ミッキーさんに相談することなく、アメリカ公演「ホリデイ・イン・ジャパン」のため渡米したそうです。
(6週間の出演契約だったそうです)
すると、それまで優柔不断な態度を取っていたミッキーさんが、慌てて、雪村さんの出発直前になって婚約指輪を贈ってきたそうですが・・・
当時のミッキー・カーチスさんと雪村さん。
アメリカの大学生・ジャック・セラーと結婚
雪村さんは、渡米して4ヶ月が経った頃、「ホリディ・イン・ジャパン」の公演先の劇場で、掃除のアルバイトをしていた、テンプル大学に通う学生、ジャック・セラーさん(当時20歳)と知り合うと、
(雪村さんの公演は好評だったため、期間延長となっていたそうです)
翌年の1961年には、セラーさんを日本へ連れて帰り、8月には電撃結婚。1962年には、女の子が1人誕生したのでした。
雪村さんと最初の夫・ジャック・セラーさん。
(雪村さんがミッキーさんとの婚約を一方的に破棄した形となったため、マスコミからは随分、叩かれたそうですが、アメリカ滞在中の4ヶ月もの間、ミッキーさんからは何の連絡もなかったそうなので、雪村さんが一方的に悪いという訳でもないようです)
娘はタレントで画家の朝比奈マリア
ちなみに、ジャック・セラーさんとの間に誕生した女の子は、1962年3月15日に誕生した、タレントで画家の朝比奈マリア(あさひな まりあ)さんなのですが、
雪村さんは、マリアさんとは仲が良いようで、2008年頃には、マリアさん、マリアさんのご主人、孫、マリアさんのご主人のお母さんと一緒に住んでいたそうです。
また、マリアさんとは、絵画や動物が好きという共通の趣味があるそうで、たびたび、トーク番組などに二人揃って出演しています。
「雪村いづみの2人目の夫はバリトンサックス奏者の原田忠幸!」に続く
朝比奈マリアさんと雪村さん。