1976年に芸能界デビューすると、その後、CM、雑誌のモデル、女優、司会者として活躍し、たちまちアイドル的な人気を博した、朝比奈マリア(あさひな まりあ)さん。今回は、そんな朝比奈さんのルーツである両親についてご紹介します。

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年齢は?出身は?本名は?

朝比奈さんは、1962年3月15日生まれ、
アメリカ合衆国ワシントンD.C出身、

学歴は、
清泉インターナショナル学園中退、

趣味は、
乗馬、イラストを描くこと、

ちなみに、「朝比奈マリア」は本名です。(結婚後は「上田マリア」)

母親は歌手の雪村いづみ

朝比奈さんのお母さんは歌手の雪村いづみさんです。

雪村さんは、戦時下でありながら、音楽と英語に恵まれた環境で幼少期を過ごすのですが、9歳の時、お父さんが突然自殺してしまい、その後は、お母さんが生計を立てるために様々な事業に手を出すも失敗し、経済的に困窮したことから、1952年、中学卒業後は、家計を支えるために、お母さんの知り合いのダンスホール「フロリダ」で歌を歌うようになります。

すると、関係者の目にとまり、翌年の1953年4月、16歳の時、「想い出のワルツ」でレコードデビューすると、たちまち20万枚を売り上げる大ヒット。

その後も、「はるかなる山の呼び声」(1953)「青いカナリヤ」(1954)「オウ・マイ・パパ」(1954)「マンボ・イタリアノ」(1955)「チャチャチャは素晴らしい」(1955)と、次々とヒットを飛ばし、一躍、スターダムに上り詰めます。

また、当時の人気少女歌手、江利チエミさん、美空ひばりさんとともに「三人娘」と呼ばれると、1955年には、江利さん、美空さんとともに出演した映画「ジャンケン娘」が空前の大ヒットを記録し、その人気を不動のものに。

その後、1966~1970年には、活動の拠点にアメリカに移し、全米ツアーやテレビ出演しつつ、本場で歌のレッスンを積むと、帰国後は、長きに渡って日本におけるポピュラーミュージック、ショービジネスを牽引し、1998年には紫綬褒章、2007年には旭日小綬章を受章しています。

父親はイタリア系アメリカ人のジャック・セラー

また、朝比奈さんのお父さんは、イタリア系アメリカ人のジャック・セラーさんです。


母・雪村いづみさんと父・ジャック・セラーさん。

ジャック・セラーさんは、1960年、テンプル大学の学生だった20歳の時、劇場で清掃のアルバイトをしていたところ、全米公演中だった雪村いづみさんと知り合うと、雪村さんに連れられて来日し、1961年8月には電撃結婚。

そして、翌年の1962年には、一人娘の朝比奈さんが誕生しているのですが、1966年には、早くも雪村さんと協議離婚。(朝比奈さんは当時3歳)

離婚後、朝比奈さんとは、しばらく交流がなかったそうですが、朝比奈さんの結婚式には日本まで駆けつけて祝福したそうで、

雪村さんによると、ジャックさんは花嫁姿の朝比奈さんを見て、顔を真赤にしながら、「きれいだ、きれいだ」と言い、大喜びしていたとのことでした。


実父・ジャックセラーさんと朝比奈さん。

(ジャック・セラーさんは、雪村さんと離婚後は、航空貨物を扱う「エア・ボーン」の日本支社に勤め、1985年頃には、「エア・ボーン」本社(アメリカ)の副社長にまで上り詰めたそうです。また、日本人女性と結婚し、娘がいるそうで、朝比奈さんの結婚式には、奥さんと出席したそうです)

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義理の父親はバリトンサックス奏者の原田忠幸

ちなみに、母親の雪村さんは、ジャック・セラーさんと離婚後の1967年1月には、バリトンサックス奏者の原田忠幸さんと再婚するも、原田さんとも、1973年には別居、1978年1月には離婚となっているのですが、

朝比奈さんにとっては、育ての父親で、

10年近くも面倒を見てもらった忘れられない人

と、(物心もつかない幼い頃に別れた)実のお父さん(ジャックセラーさん)よりも、原田さんを慕っていたことから、自身の結婚式に招待したそうですが、

原田さんは、

自分は出る筋合いではない

と、固辞。

それでも、朝比奈さんは、真夜中に2時間近くかかって、涙ながらに説得したそうで、原田さんにも披露宴に列席してもらったとのことでした。


義理の父・原田忠幸さんと朝比奈さん。

「朝比奈マリアの若い頃が美人過ぎる!」に続く

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