大学中退後の1988年、田中裕二さんと漫才コンビ「爆笑問題」を結成された、太田光(おおた ひかり)さん。「毒舌」といわれる過激な本音のトークが幅広い年齢層に支持され、息の長い人気を獲得しています。
年齢は?出身は?身長は?本名は?
太田さんは、1965年5月13日生まれ、
埼玉県上福岡市のご出身、
身長170センチ、
胸囲82センチ、
胴回66センチ、
靴のサイズは25.5センチ、
血液型O型、
学歴は、
日本大学芸術学部演劇科中退、
趣味は、
映画鑑賞、読書、
ちなみに、太田光は本名です。
また、お父さんは、建築士で、
東京六本木にある焼肉チェーン店「叙々苑」の店舗を設計。
看板の字も書かれたそうです。
高校時代は友達が一人もいなかった?!
太田さんは、お笑いや文学が好きなお父さんと、
新劇の女優だったお母さんの間に生まれ育ち、
幼い頃から、お母さんに連れられて、
舞台を観に行かれていたそうです。
ただ、高校に入ってからは、急に人間嫌いになってしまい、
(何故かはご本人も分からないのだとか)
みんなにも仲間はずれにされるようになってしまったそうで、
なんと、高校3年間は友達が一人もおらず、
教師以外とは誰とも会話しなかったのだとか!
しかも、休んだら誰かに悪口を言われるのでは、
との思いから、学校は毎日休まず行き、
イベントもすべて参加されたというから、
凄すぎですね~
田中裕二との出会い
しかし、そんな太田さんも、大学では、
どうしても友達が欲しいと思われたそうで、
大学受験の際、試験会場で試験官の言うことに、
いちいち大声で茶々を入れるというあり得ない行動に出ます。
なぜ友達が欲しくて、
そういう行動になったのかは不明ですが(笑)、
(太田さんの作戦どおり?)合格発表の後、
ある1人の男の人が話かけてきたのだとか。
それが、現在の相方である、
田中裕二さんで、
田中さんは、太田さんのことを覚えており、
「え、こんな奴が日本大学合格しちゃったよ」
と思われたそうですが、
試験会場の時とは違い、
律儀に受け答えをする太田さんに驚かれたそうです。
ちなみに、太田さんは、大学の最初の授業でも騒ぎ、
他の学生たちを盛り上げようとされたそうですが、
その後は講義を欠席するようになり、
なんと、大学時代の取得単位は、
太田さん2単位、田中さん15単位の、
二人合わせてたったの17単位だったとか。
太田さんは、後に、
授業を欠席するようになった理由を、
俳優になろうとしてなれなかった奴らの溜まり場。
(日本大学芸術学部の教授は)
俳優を育てようなんてなんも思っちゃいない。
と、明かされています。
「爆笑問題」で活躍
そして、太田さんは、
1985年に大学を中退されると、
詳しい経緯は分かりませんでしたが、
1988年に田中さんと漫才コンビ「爆笑問題」を結成。
政治や芸能界など様々な社会現象を斬る漫才は、
老若男女、すべての世代において支持されたのでした。
1990年当時のネタ
太田光代と結婚!馴初めは?
そんな太田さんの、
気になるプライベートですが、
太田さんは、1990年、当時、
同じ事務所(太田プロダクション)に所属されていた、
元芸人の松永光代さん(現在は太田光代さん)と結婚されています。
(太田プロダクションと太田さんは、
同じ名前ですが、特に関係はありません)
実は、その頃、太田さんは、
同じ事務所の芸人仲間たちと合同コントをすることになり、
光代さんの家に集まって台本を作っていたのですが、
特に好きでもないある女芸人に好かれ、
追い掛け回されていたそうで、
それを見かねた光代さんが、
太田さんを隣に座らせたそうです。
ところが、太田さんは、
光代さんが自分に気があると勘違いしてしまい、
なんと、その日のうちに同棲を開始。
その後は、交際も順調で、
めでたくゴールインしてしまったのだそうです♪
中央が太田光代さん。
ちなみに、同年、「爆笑問題」は、
「太田プロダクション」を独立。
その3年後の1993年には、
光代さんが芸能事務所「タイタン」を設立し、
「爆笑問題」が入られています。
子どもは?
そんなお二人は、今でも、
とても仲睦まじいご様子なのですが、
お子さんはいらっしゃらないようです。
というのも、結婚直後、
「爆笑問題」の事務所独立が問題となり、
太田さんらが干されていた時期があったため、
光代さんが生計を支えられるなど、
大変な時期を過ごされていたようなので、
お子さんを作る余裕がなかったのでしょう。
光代さんが妊活を始められた時には、
すでに36歳になっていたそうです。
そして、辛い不妊治療を受け、顕微授精もされたようですが、
ついに、妊娠には至らなかったようです。
さて、いかがでしたでしょうか?
お笑い芸人といえば、クラスでも面白くて、
人気者というイメージですが、
太田さんが、高校時代、
友達がひとりもいなかったのは驚き。
ただ、太田さんの毒舌や暴走キャラは、
お笑い芸人になってこそ、
活きるものだったのかもしれませんね。
これからも唯一無二のキレキレトーク、
期待しています!!